藤井聡太vs.森内俊之の生中継解説は「頭が疲れました」
―― 将棋番組での解説でも活躍をされていますが、解説者として出演するときに注意していることってありますか?
中村 どんな人にも分かりやすくすることを心がけています。強い人も、始めたての人も見ているでしょうから、将棋の指し手のことも、強い人用とあんまり強くない人用、なるべくどちらにも偏りすぎないで、いろんな人に楽しんでもらえるように。あとは、対局者の心理状況を、棋士ならではの、棋士にしか分からないようなところを伝える。人間が指す将棋というものの面白さを伝えたいというのもあるので、棋士の個性とか人間性とかをお伝えして楽しんでもらおうと考えてます。
―― 棋士のキャラ付けみたいなものも自分の中でやっているんですね。
中村 そうですね。ファンの方もそこが面白くてこの人を応援するっていう人も多いので。盤上の戦いだけじゃなくて、棋士同士のストーリーですね。この人とこの人はこういう因縁があって、昔からの付き合いでこういうことがあってとか、そういうのも楽しみ方の1つだと思うので、そこも解説としてうまく伝えられたらなと思います。
――先日のNHK杯は藤井聡太vs.森内俊之という注目のカードがあって、異例の生中継が放送されました。解説は永世棋聖の資格を持つ佐藤康光さんと中村さんが担当されていましたね。
中村 あれは注目戦でしたし、何と言っても生放送なので緊張しました。しかも、NHK杯って、「早指し」と言うんですが、対局者の持ち時間が少ないんです。ですから、序盤はともかく、後半から終盤にかけてはお互いに考える時間なく、どんどん指していくことになる。次々と変わる局面に解説を加えていくのは、けっこう至難の技で、頭が疲れるんです(笑)。
―― この時も対局終了後、藤井さんと森内さんがお互いに「感想戦」をする姿が放送されましたが、あの「感想戦」って、僕は最近まで勝手にテレビ用の特別コーナーみたいなものなのかなと思っていたんですけれども……。
中村 あはは。いえいえ、テレビに限らず必ずするものなんですよ。
――テレビで見ていると、対局者同士が小声で何か囁き合っているようで不思議な感じがしてしまって(笑)。しかも、この時は解説の中村さん、佐藤さんも加わって、4人で小声で「これが」「ああ」「なるほど」みたいに……。
中村 ああ、確かに将棋独特の文化かもしれないですね(笑)。感想戦は普段の公式戦全部でやっています。振り返ることでその一戦を消化できますし、次にどういうふうにしたらいいのか考えることもできるので大切なものなんです。
―― 消化して勝因を把握するって大事なんですね。
中村 勝因も大事ですけど、やっぱり敗因を消化するほうが大事ですかね。敗因を把握して、次に改善できるようにする。人間ですから、消化しても同じミスしちゃうものではありますけど、その繰り返しで精度を高めていくわけです。
テレビでの将棋解説者として伝えたい「人間としての棋士」
―― いま「人間」という言葉がありましたが、電王戦でも話題になり続けた「人間vs.コンピューター」の勝負は、どうご覧になられていましたか?
中村 面白いというか、興味深く見てましたね。今はコンピューターと戦うというよりは、どう共存していくか、どううまく使って自分のレベルを上げていくかという段階だと思います。
―― 2012年には、中村さんの師匠である米長邦雄さんがコンピューターに敗れました。あの時はどんな感想を持たれたんですか?
中村 確かにあの時はちょっとショックでしたよね。その当時はまだ人間が指すほうが絶対的に強いみたいな空気もありましたし。ただ、むしろ「棋士が指す将棋にはどんな意義があるのか」を考えるきっかけになったと思います。
―― 棋士が指すことの意義、ですか。
中村 そうですね。コンピューターに負けた後も、変わらずファンがプロの対局を楽しんでくれています。これって、どういうことなんだろうと。やっぱりコンピューターの指す将棋とは違う部分が、人間にはあるんじゃないかと思うんです。それは人間同士のストーリーだとか、勝負の「見せ方」だとかなんだと思います。僕が棋士として、あるいはテレビでの将棋解説者としてできることは、こうした人間が作り出す勝負の局面を、多くの人にお伝えする、味わっていただくことなのかなと、考えています。