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市場で戦い、傷つく彼女たちに自己投影か
ではなぜ彼女たちの市場で傷つく姿は、こんなにも広まったのか。それは私たち自身が市場で傷つく姿を投影していたからではないか。AKB48の少女たちが夢を見るとき、市場で戦い、傷つくことを求められる。それは、お茶の間にいた私たち自身が、市場で傷ついていたからではないのか。
雑に時代論を言ってしまえば、当時は冒頭に述べたようなネオリベ政策の影響で、格差も仕方ない、順位が下の人間は非正規雇用も仕方ないのだと言われ始めた時代だった。そのことに私たちは、知らないうちに、傷ついていたのではないだろうか。市場でないがしろにされることに傷ついていたからこそ、私たちは市場に傷つき、だけどそれでも夢を見る少女たちに、自分を投影し、惹かれていたのではないか。
ちなみに非正規雇用の女性が主人公である津村記久子の小説『ポトスライムの舟』が芥川賞を受賞したのは2008年、企業を舞台にした池井戸潤の小説『下町ロケット』が直木賞を受賞したのは2011年、就職活動をテーマとした朝井リョウの小説『何者』が同じく直木賞を受賞したのは2012年。
どうもこのあたりの2010年代初頭で、2000年代以前に流行った愛や恋といったテーマとは異なって、「労働や市場=お金を稼ぐことが、自分たちにとって重要な文学的テーマだ」とみんな勘づいていたのではないだろうか。アイドルだって、労働する少女だ。
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