「僕らがウザイと思うことはユーザーにもさせたくない」
広告についても同様に否定的だ。
「災害があって情報を見たいのに、広告が表示されるというのは一番イライラする状況だし、アプリの価値も毀損してしまいます。僕らがウザイと思うことはユーザーにもさせたくありません」
経営の核を担う糠谷も、石森の考えに賛同したという。
「防災のための機能を制限したくないというのは石森と同じです。それと、仮に有料会員限定の機能をつくっても、結局会員になるのはよくて3~5%程度と言われます。ならば、ファンクラブのような形にしたほうが私たちにはあっているだろうと思っています」
とはいえ、特務機関NERVの運営には多額のコストをかけている。正確な金額は濁されたが、気象庁へ支払う回線代、サーバーやネットワーク費用、人件費など、年間の支出は1億円をくだらないだろう。石森がひとりで運営していた時代とは比較にならない規模だ。一方、サポーター会員数は2プラン合わせて5000人弱。会費からゲヒルンに入るのは月額約200万円、年間で2千数100万円ほどだ。
糠谷はこう続ける。
「ツイッターも防災アプリも『投資』だと思っています。防災情報を受信してそれをそのまま流すだけならば、技術的には難しくありません。でも、それを整理してわかりやすい情報にしたり、画像化したり、といった取り組みを積み重ねてきたのはNERVの強みです。放送局などからもNERVのデータを使いたいという連絡をいただくことは増えてきました。収益化もちゃんと考えていますよ」
一歩ずつ、着実に前に進む特務機関NERVには、新たなメンバーも集ってきている。
2020年4月に加わった瀬尾太郎は約10年のキャリアを持つベテランの気象エンジニアだ。放送メディア向けに気象情報のグラフィックツールを作成してきた、気象データ可視化のプロ。ゲヒルンに加わったあとは、防災アプリに気象衛星「ひまわり」のデータを画像化して表示する技術開発を担った。
台風が接近した際などに進路予想図の背景に使われるもので、台風の勢力や渦の様子を視認でき、気象状況の説得性向上に寄与している。瀬尾がジョインする前から実装を検討しつつ、実現できていなかった機能だという。
ゲヒルン入り前は独自に気象情報に触れていた若いエンジニアが多いなかで、防災情報を扱うプロとして経験を積んできた瀬尾はゲヒルンでは異色の経歴だ。ゲヒルン入りを決めたのは、そのダイナミックな開発姿勢に惹かれたからだという。
「『日本をもっと安全にする』という防災意識を根底に、自分たちが必要と思ったものをスピード感をもって開発している。それも、アプリはマスではなくその人個人に必要な情報を届けられる取り組みです。自分の経験を生かしたいと思い、ゲヒルン入りを決めました」
ここならば、新しいものをつくっていける──。
そう思った瀬尾の予感は正しかった。瀬尾はその後も、ハザードマップと気象情報を重ね、その地域の災害危険度とリアルタイムの気象災害状況を合わせて確認できるシステムの開発などを担っている。ハザードマップは自治体ごとに扱いが異なり、そもそも元データの提供を受けることすら容易ではない。
全国レベルで整備して特務機関NERV防災アプリへ実装するのはもう少し先になりそうだが、地域レベルでは放送局などへの技術提供が始まっている。
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