宇宙に興味があるのに、意味不明の数式だらけだった高校の物理が苦手で、よくわからなかった。そんな人は少なくないだろう。
「細かい数式なんて、本当はどうでもいいんです。最終的に覚えていてほしいことはただ一つ。私たちの宇宙と自然界は法則に従っていて、それは数学で書き下せるということだけです」
そう語るのは、東京大学教授の須藤靖さん。数式が苦手な人でも楽しめる『宇宙は数式でできている なぜ世界は物理法則に支配されているのか』を上梓した。
「今までの研究を通じて、私は『この世界は数学で記述される法則に支配されている』と信じざるをえない実例を数多く目の当たりにしてきました。この驚くほど単純な世界観に納得してほしいと思って書きました」
本書は、ニュートンやアインシュタインなどの物理学者が「発見」した理論とそこから得られた予測、それらを裏付けた観測実験結果を紹介。難しい数式を美術や音楽を鑑賞するようにわかりやすく解説した、宇宙物理学の入門書でもある。
「理論の発見と観測による実証は、互いに入れ子の関係にあります。そうやって物理学は進歩してきた。例えば、ニュートンは『万有引力の法則』を急に思いついたわけではなく、膨大な観測データとケプラーによる惑星の運動の関係式が基礎となっていました。そのニュートン理論をさらに先まで進めたものが、アインシュタインの『一般相対論』というわけです」
「質量を持つ物体は周りの時空を歪める」と1915年に説いた一般相対論は、ニュートン理論だけでは説明しきれなかった事象を解決した。太陽の近くを通過する光の屈折とその角度を予言したが、実証されたのは1919年に行われた皆既日食の観測実験だった。
「ただ、ニュートンが間違っていてアインシュタインが正しかった、という単純な話ではありません。ニュートン理論が世界を説明する精度を、アインシュタインは飛躍的に向上させたというべきです。これは科学が進歩する際のエンドレスな過程そのものです」
他に一般相対論が予言したものに「重力波」の存在がある。重力波は質量を持つ物体の運動により時空の歪みが光速で伝わる現象で、その変化は想像を絶する小ささだ。長年にわたる観測技術の進歩もあって、予言から約100年後の2015年に地上で初めて検出された。
「私が大学院生だった頃に比べて検出感度は1億倍以上向上しました。のみならず、予想以上に大質量の天体でなくては検出は不可能だった。最初に見つかったのは、太陽の30倍もの質量を持つブラックホール連星が合体した際に放出されたものでした」
さらに、宇宙誕生から38万年(光を用いて観測可能な最古)時点の光である「宇宙マイクロ波背景放射」も取り上げられている。
「物理学者ガモフが一般相対論を下敷きに唱えたビッグバン理論から、存在が予想されていました。1965年に発見後、90年前後から打ち上げられた専用人工衛星によって精密な観測データが得られました。数式を用いてそれらを解読することで、宇宙の組成を含む無数の情報が刻まれていることがわかったんです」
それにしても人間の思考の産物であるはずの数式が、どうしてここまで自然現象を正確に表現できるのか。
「不思議ですよね。アインシュタインも『数学が、物理的実在とこれほどうまく合致するのはなぜか』と述べています。正解は別として、本書を読んで、ぜひともその不思議さを味わってほしいと思います」
すとうやすし/1958年高知県生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。専門は宇宙物理学、特に宇宙論と太陽系外惑星の理論的および観測的研究。著書に『人生一般ニ相対論』、『不自然な宇宙』など。