昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

【追悼】「『絶対に開けるなよ』と言われ、ドアを開けなかったことを後悔している」上島竜兵さんの“最後の息子”が明かす《愛すべき素顔》

「『いったい、何を目指してるんだっ!』ていうくらい昔ながらの漫才をしている、面白い奴らなんですよ」

 5月11日に急逝した「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さん(享年61)。生前、自宅からほど近いカフェバーで居合わせた客に対して、目じりを下げて“ある後輩芸人”についてこう話していたという。

上島竜兵さん ©文藝春秋 写真/宮崎慎之輔

 カフェバーの店主が語る。

「上島さんは2015年くらいから店に通ってくださっていました。上島さんは店内に入ってすぐの窓際の席に座ることが多かったです。1杯目から決まって芋焼酎で、ゆっくり、ちびちび、楽しく飲む人。他のお客さんによく気付かれて声を掛けられていましたが、誰に対しても笑顔で『どーも』って挨拶する優しい人柄でした。窓から街の風景を見ながら、お酒を飲むのがお好きでした」

 来店するのは週に1回程度。1人で顔を出すこともあれば、売れていない後輩芸人を伴って訪れることも多かったという。

上島さんの“後輩愛” 特に目をかけていたのは…

「意外だったのは、体を張ったリアクション芸を披露するテレビとは違い、プライベートでは自分の好きな映画や時事ニュースについての意見や感想を真面目に語ってくれました。一番覚えているのは、2時間ドラマが好きだという話。一緒にいた後輩芸人たちと『「アメトーーク!」で2時間ドラマ芸人企画をやってほしいよな』なんて話されていました。お開きになるとどんな時もお会計はいつも上島さん。後輩がどんなに断っても、必ずタクシー代も渡していました」(同前)

熱湯風呂芸を披露するダチョウ倶楽部

 有吉弘行、土田晃之、劇団ひとりなど、多くの後輩芸人に慕われた上島さんだが、最近一番気にかけていたのが、慶応義塾大学出身でボケの福島敏貴(30)とツッコミの高木貫太(30)のコンビ芸人「ストレッチーズ」だったという。冒頭で上島さんが語っていたのは、彼らのことだ。

z