――国民統合のために使ったら、さらに第二次大戦の記憶が強化されて、今の動員への忌避に繋がったんでしょうか。
小泉 プーチンも自分が呼び起こした記憶によって、またあれやりますとは言えない。たぶん今のプーチンの路線としては、第二次大戦でナチスを倒した、人類悪を倒した我々は正しいという記憶と、今のウクライナはナチスだから倒すっていう話を重ね合わせたいし、ある程度そういうストーリーがメディア空間を圧倒しているので、そんなもんかと思ってる人たちは結構いると思います。
あと、プーチンの恐らく裏テーマというか、「俺の代でウクライナをロシアに回収する」といった民族主義的野望もあって、それを心から支持してる人もいると思うんですよ。
だけど、じゃあ皆さん家庭や仕事を捨てて軍隊に行ってください、ウクライナと戦ってくださいって時に熱狂的にそれに応じる人や、夫や息子を軍隊に送り出すことに同意する家族がどのぐらいいるか。いるかもしれないし、案外やってみたらすごい熱狂を呼んだりするのかもしれませんけど、プーチンの計算としては、それはしたくないと思います。
プーチンがウクライナの団結を促した?
――第二次大戦の記憶は、ソ連の構成国だったウクライナも持っていると思いますが、ウクライナでは動員が既に行われていますし、国民の抗戦意思は高いです。この違いはどうお考えですか。
小泉 ウクライナもアイデンティティクライシスを抱えた国で、いろんな帝国の端っこが集まってできている国だから、人種的にも言語的にも宗教的にも一致しない国だったわけですよね。
だから一体感がないと言われてきたし、プーチンもそのことを指して「ウクライナは国家ではない」というようなことを言ったり、今回戦争が始まる前もロシアのテレビで「ウクライナはいろんな帝国からの施しでできている国である。その真ん中の何もない荒れ地だけが本来のウクライナだ」といった、ウクライナを下に見るような言説があったんです。
だけど、8年前の戦争でウクライナは部分動員をかけて、常時10万人ぐらい動員したんです。西のポーランド系の人達から、キエフの人、歴史的に複雑なザカルパッチャ州の人まで全国的に徴兵されて、近代的なネイションビルディングの経験を、彼らはこの8年したと思うんですね。しかも、その機会をウクライナをロシアに再統合すると息巻くプーチンが提供したとすると、本当に歴史の皮肉だなと。
ロシア側にも言い分があるにしても、ウクライナから見ると全く理解できない言い掛かりをつけてプーチンが侵略を仕掛けてきた。となると、これは祖国防衛戦争だから、わかりやすい形の国民の団結を促します。8年前にプーチンがウクライナに兄弟殺しを仕掛けて、反発を買っていたのを今回は決定的にした契機と思います。いつまでこの士気の高さが続くかは別の問題ですけど、今起きてることは不思議ではないと思うんです。