また本作で印象的なのが影の描写である。
木漏れ日や建物、塀の影が登場人物にかかるシーンは、CG導入以前の昔のセルアニメではキャラクターの動きに合わせ影も重ねなければならず大変な作業になっていたが、本作では姉から投函を頼まれた封書を受け取る雫のシーンや、杉村が雫に告白する神社の境内のシーンで木漏れ日がキャラクターにかかり、より一層夏らしいハイコントラストな風景が素晴らしい。ちなみにこの杉村の告白シーンは何度見てもお腹のあたりがムズムズする名シーンである。
休暇で暇を持て余した夏、宮崎駿はたまたま『りぼん』を手に取った
『耳をすませば』の映画化は宮崎駿の企画であるが、同名の原作漫画と宮崎駿の出会いは映画公開から11年ほど遡る。
宮崎駿が毎年夏の日に休暇で過ごしていた、電話も通じない信州の山小屋で暇を持て余していたところ、遊びに来た姪たちが置いていった少女漫画雑誌『りぼん』を手に取り読み始めた。
偶然その号に掲載されていたのが当時連載第2回目の柊あおいの漫画『耳をすませば』であった。宮崎駿が読んだのはこの連載第2回のみだったが、この漫画がどう始まり、これからのストーリーがどのような展開になるかを山小屋に遊びに来ていた鈴木敏夫プロデューサーと毎晩話し合い、漫画のラストについて想像をめぐらせたという。
その後も『耳をすませば』のストーリーが気になっていた宮崎は、1993年に単行本で『耳をすませば』(集英社全4話)全話を読むことになった。
しかし『耳をすませば』のストーリーが頭の中で勝手に出来上がっていた宮崎駿は、漫画を読み終えると「話が違う!」と勝手に怒ったという。
『耳をすませば』に“ありったけのリアリティー”を与えるために…
そして同年、『耳をすませば』映画化の企画が本格的に動き出す。
宮崎駿は『出発点 1979~1996』(徳間書店)の「企画書・演出覚書」のなかで本作の企画について“この作品は、ひとつの理想化した出会いに、ありったけのリアリティーを与えながら、生きる事の素晴らしさを、ぬけぬけと唱いあげようという挑戦である。”と書いている。