文春オンライン

日本で一番熱い山男の「常識を超えた挑戦」――望月将悟×田中陽希 対談 #1

TJAR絶対王者×百名山ひと筆書き

2018/01/01
note

「あの山をやっつけた」という言葉への疑問

田中 望月さんは現役の山岳救助隊ですが、遭難救助の頻度はどれくらいなのですか。

望月 僕たちが出動するのは年間30件くらいですね。あとはヘリの人が助けてくれるケースもあって、それも含めると50~60件くらい発生かな。静岡県は富士山があるのでどうしても数が多くなってしまうんですよ。

田中 南アルプスではどこまでが望月さんの担当範囲なんですか?

ADVERTISEMENT

望月 間ノ岳までです。東京からはアクセスもよくなく、以前は人が少なかった南アルプスも若い人を含めて登山者自体が増えてきました。分母が増えてきたことはいいことで、山小屋の人たちもとても喜んでいます。陽希君の姿を見て、自分も色々な山に行ってみようと思う人が増えたんじゃないかな。

田中 僕も二百名山を旅している時に、「百名山の番組を見て自分も一念発起して歩き始めました」という方に何人も会いました。もちろん僕をきっかけに山に足を運んでもらうのは嬉しいのですが、発信する側としては責任があるなと思っています。テレビを介しているので、自分の意図とは違う方向で発信されてしまうこともあるので。

望月 例えばどういうこと?

田中 よく言われるのは「あんな靴でもアルプスに登れるんだ」ということ。僕はトレイルラン用のローカットシューズを履いているのですが、それが説明のないままにテレビに映されると、経験も知識もないのにトレイルランシューズやランニングシューズで山に登ってしまう人もいるんです。もちろんそれは自己責任なんですが、僕は日本ではそもそも自己責任という言葉自体を使ってはダメだと思うんです。日本で経験不足な人が遭難したら、第三者の手を借りなければ救出できないわけですから。

TJARに参加中に笑顔を見せる望月さん ©藤巻 翔

望月 それを自己責任といえるのかどうかは難しいよね。

田中 挑戦をする中で色々な人と会話し、自己責任という言葉についてじっくり考えるようになりました。たとえば尾瀬に景鶴山という通年で特別保護地区に指定された三百名山の山がありますが、法的な罰則がないので「自己責任」を言い分に残雪期になると登ってしまう人が多くいます。

 また、あくまで僕の考え方ですが、登頂したことを「あの山をやっつけたよ」という方がいますが、僕はあまりいい印象を受けません。僕自身もかつてはとにかく山頂まで行くことがすべてだと思っていたんですけど、麓の町から山頂まで歩くと、自分が自然とどう関わり、そこからどんな恩恵を受けているかを意識するようになりました。

望月 同感ですね。トラブルがあった時に自分で切り抜けるのではなく、安易に人に頼ろうと考えて山に入る人が増えているんじゃないかと思います。装備は持っているけど、判断力や基本的な地図読みの技術が未熟なケースもあります。もちろん、どんなに下調べをして装備もちゃんとしていたとしても事故を起こしてしまう可能性はある。雷に打たれるかもしれないし、予測不可能な落石に当たってしまうかもしれない。それは僕らも同じです。だから自然の中にはワクワク感もあるけれど、たまに恐怖もあるというのを知っていてもらいたいなと思いますね。

田中 それが本当の意味での自己責任を持つことにつながりますよね。

望月 ちなみに僕が言葉で気になるのが「敗退してきた」。山に「敗退」なんてない。頂上まで登れなければ、戻ってきて、また挑戦すればいいと思うんですね。