約1カ月半の夏休みが終了した。
過ぎてしまえばあっという間で、家族という単位が最重要の夏休みは、あと何回あるだろうかと思うと、少し切なくなる。その間に次女は4歳になり、姉妹はお祭りや花火、プールなど、「ザ・夏休み」を過ごし、他にも全力で様々な夏を楽しんだ。
その中でも思い出深いのは、長女のピアノの発表会だ。
「緊張しないにはどうすればいい?」
数年通っていたグループレッスンから、この春に個人レッスンに切り替えたばかりの長女は、今年の発表会が初めて1人だけで大きな舞台でピアノを弾く日になる。
はじめは先生との連弾を2曲予定していたが、練習していく内に1人でも弾いてみたいという気持ちが出てきたらしく、連弾1曲と1人で1曲の、2曲を弾くことにした。
練習を重ねてある程度弾けるようになると、少しずつ、自分が1人で舞台に立つのだというイメージが湧いてきたらしい。
「ちょっと緊張してきたな」と長女がこぼした。
まぁそれはそうだ、と思った。お友達と一緒に弾いた去年は、みんなが周りにいてくれる心強さがあった。
「緊張は誰でもするよ。ママもいつもする」というと、意外そうな顔で「そうなの?」とこちらを見た。何年経っても、様々な経験をしてきても、未だに大きな舞台では締め付けられるようなプレッシャーや高揚感はなくならない。
「緊張しないにはどうすればいい?」と聞かれ、「人という字を……」と言うか少し考えて、やっぱり普段思っていることをそのまま伝えることにした。
「緊張するのは悪いことじゃないよ。緊張しても全然いいんだ」
長女はまだ「?」マークを浮かべながら、とりあえず「うん」とうなずいた。
自信というのは、自分で積み重ねて作っていくもの
初めてタイトル戦に出ることが決まった時、嬉しさと同時に猛烈なプレッシャーが襲ってきた。
自分が女流棋士を代表してタイトル戦を戦うことへの不安。自分が指した将棋が、女流棋士全体のレベルとして見られるという重圧がのしかかった。要するに私は自分に自信がなかったのだ。
緊張となんとなく上手く付き合えるようになったのは、仲の良い棋士と、地方へ向かう新幹線での会話がきっかけの1つだ。
もう10年以上前の話なので、誰だかは想像にお任せするが、その棋士は「自分のしてきた努力に自信があれば、不安はない。不安があるのは努力が不足しているから」と言った。確かその時は、みんなで穏やかに駅弁を食べながら話していた最中だったハズだ。
突然、余りにもドストレートな速球が来て、キャッチャーミットを構えているだけの私の心に、スパンッと入り込んだ。