過酷な受刑生活
幸三の収監先として、世間では医療刑務所が濃厚だと騒がれていたが、私はありえない選択肢だと考えていた。医療刑務所の対象になるのは、がん患者や人工透析が必要な人々で、幸三は歩行が不自由な以外は、いたって健康だからだ。
「上級国民は刑務所の待遇も違うんじゃないか」
収監されてからも、特別待遇の有無について、世間からの執拗な追及は続いていた。
拘置所への収監から約2週間後、幸三は地方のある刑務所に移送されていた。やはり医療刑務所ではなく一般の刑務所だった。
私は家族より一足先に、刑務所での面会を試みた。幸三が収容されている施設は私も過去に何度か足を運んだことがあるが、介護施設が設置されているだけで、高齢者の人権に配慮されてはいるものの、処遇に変わりはないはずだった。
刑務官に車椅子を押されて面会室に入ってきた幸三は、拘置所の頃よりは幾分か、顔色がいいように感じられた。
アクリル板を挟んでの会話だが、耳に不自由もないようだった。
「毎日、日が昇るたびに、亡くなった方々のご冥福を祈っています」
自宅にいる時と変わらず、はじめに遺族と被害者への謝意を述べた。
幸三は禁固刑なので作業はなく、読書をしたりしている様子だった。
「高齢受刑者の方々ともお会いしますが、皆さん、私よりずっと若い」
幸三はそう言って笑顔を見せた。確かにそうだろう。90歳での入所は日本ではじめてのケースに違いない。
手すりがなく、トイレに行く際は転倒しないよう神経を使って
不便はないか尋ねると、
「ここは刑務所で介護施設ではないので、やはりてすりはないんです」
拘置所同様、トイレに行く際は転倒しないよう神経を使っているようだった。介護施設であれば、何かあればナースコールで職員を呼ぶことができるが、もしここで転倒してしまうと、刑務官が見回りに来るまで助けてもらうことができない。幸三にとっては、1日1日が緊張の連続だった。
過酷な受刑生活を送る幸三を支えているのは、友人からの励ましと、帰りを待つ家族の存在である。
ひとり、刑務所にいる夫を待つ妻もまた、つらい日々を過ごしている。
幸三の体力では、手紙を書くことさえ容易ではない。夫の無事を祈りながら妻は手紙を書き、返事が届く日を待ち続けている。
「あの人がきちんと刑期を終えて戻ってくるまで、私もしっかりしていなくちゃね」
妻は心配する長男にそう話しているという。