政府の価値観から外れたものは、たとえ超一流の経営者だったとしても「表舞台」から消えてしまう……そんな中国の特殊環境を楽天・三木谷浩史氏が解説。
「週刊文春」で連載中の三木谷氏による人気コラムを単行本化した『未来力 「10年後の世界」を読み解く51の思考法』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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中国でビジネスをしている知人が以前であれば、少し冗談めかして口にしていた言葉がある。
「あの国では『金』『地位』『名誉』の3つのうち、どれか2つを選ばなければならない」
でも、最近、この言葉をめったに聞かなくなった。
中国はこれまで、反資本主義的な思想の中に科学技術を上手く取り入れ、AIやICT、暗号資産、さらには宇宙開発といった分野への投資を後押ししてきた。宇宙開発などはそう簡単にリターンは望めないような事業だけれど、目の前の損得にはあまりこだわらず、「未来」に向けてのビジョンやテクノロジーに投資する。そうした積極的で長期的な姿勢には、意外に思われるかもしれないけれど、時にシリコンバレー的な要素が感じられたのも事実だ。
加えて、中国の場合、14億人という人口が持つ圧倒的なエネルギーがある。その意味で、「日中の差ってこういうことなんだよな」と感じたのは、ハーバード・ビジネススクールである講座に携わった時のことだった。
2014年に開講したオンライン教育のプラットフォーム「ハーバードX」。日本人の受講生が100人ほどだったのに対し、中国人の受講生は約30万人にも及んだ。彼らの多くが「AIをベースに社会が変わっていく」といったビジョンを共有しているのだから、中国のエリート層の分厚さというものが分かるだろう。
そうした国家の強力な後押しもあって、この10年、20年で次々と生まれたのが、アリババ(阿里巴巴)やバイドゥ(百度)といった中国の巨大ベンチャー企業だった。
「金持ちは許さない」
ところが、ここ数年、中国のビジネスを巡る環境に大きな異変が起きている。
分岐点となったのは、香港問題だ。2014年に起きた民主化デモ「雨傘運動」以降、中国政府は香港への介入を深めていく。そして2020年6月に「香港国家安全維持法」が施行されると、いよいよ反政府的な動きに対する取り締まりが格段に強化されていった。
時を同じくして、ビジネスによって莫大な「金」を得たアントレプレナーたちへの締め付けも、明らかに厳しくなっている。