企業の対応
いろいろ考えたけれど、結局女性として生きることの方が辛いと考えた僕は、カミングアウトをして就職活動をする決意をした。ただ、カミングアウトをして就活すると決めたとはいえ、カミングアウト自体に慣れているわけでもなかった僕は、人に自分のことを話すことがとてつもなく怖かった。誰に対しても、話しながら震えてしまっていて、就職先でうまく説明できる気はしなかった。
自信もないまま、いざ就職説明会。腰回りの窮屈な男性用のスーツ(骨盤は女子なので男性用のスーツは小さく感じる)を身にまとい、企業のブースへ向かう。説明会後、人事の人に自分の事情を説明して、「性同一性障害でも、実際、就職などできるのでしょうか?」と質問をして回った。そもそも「性同一性障害」という名称すらほとんどの人が知らなかったので、説明するのも大変だった。ほとんどの人が、「前例がないから、わからないですね。とりあえず応募してみてください」という感じだった。
なかには「正直なところを言えば、僕だったら取らない。よくわからなくて対応もできないから」と答える人もいたが、そう正直に現実を言われるのは逆に優しいのかなとも思った。きっと体裁上、断ったらまずい、と思う人も多いように感じたから。
でも、きつかったのは、「んー、だから何? あなたが会社に何してくれるか、あなたが何したいかだけでしょ。ここで何したいの? 何したいとかないなら、普通に考えて、男だろうが、女だろうが関係ないよね? やりたいとかできることがないなら、わざわざ取りませんよ」という反応。言いたいことはわかる……けど、僕からすれば、それは順番が逆だと思う。僕は、あなたの言う、その“関係ない”ことによって自分の「やりたい」も表現できない状態で、ずっと自分の感情を押し殺してきた。日常の「辛い」から逃れたい以外に、何の感情もない。今が辛いのに「やりたい」なんて、生まれないよ。
でも、そんな個人的に戦っている経過なんて誰も見ないことも知ってる。「今のあなたには何ができるの? 何がしたいの?」だけ。きついけど、それが現実だとは思った。きっと、普通の人は、この時期に「○○したい」とかいう夢のようなものを持って、いろいろ説明できるんだろうな……。
親にカミングアウトした時に、オカンが「あんたはそんな子どもみたいなことしか話せないのね」と言った時の顔がふと浮かぶ。普通の人から、僕は、はるかに劣っているのだと思った。
なかには「いろいろ大変だったね」と声をかけてくれる企業の人もいた。その瞬間、涙がたくさん出てきてしまって、他人の一言一言でこんなにも浮き沈みする自分が、世の中で生きていける気は全くしなかった。
ただ、カミングアウトして就活をしたうちの数社は面接が通ったところもあった。ある企業では、最終面接まで行き「もし入社する場合は、女性の寮に3カ月入って研修など受けなければならないのだけど、大丈夫かな? 今の制度だと、更衣室やトイレなども女子のを使ってもらうしかできないと思います。ただ、カミングアウトまでして進んできたあなたには、信念があるように感じるから、この判断はあなたの信念を曲げるような気がするのだけど……」
一瞬、顔をしかめてしまい、即答ができなかった。それでも、こんな自分のような身分で、待遇なんてかまってられないのも事実。すぐに「大丈夫です」とは言ったけれど、結果は不採用だった。もちろん、理由は更衣室だけじゃなくて、制度を変えてまで取りたいと思われるほどの人材に僕がなっていなかったからだと思う。人より何倍も優れてなきゃ、こんな身分の僕に、誰も振り向いてはくれないだろう。それは納得だった。とにかく努力が足りてないんだと思った。
どーしたら良いのか。どんな就職先だったら良いのか。就活をしながらも、その答えは見えなかった。
就職相談と男性目線に対する嫌悪
そんな就活で悩んでいる真っ只中、兄の古くからの友人が家に遊びに来た。一緒に話をしている中で、「美穂(編注:改名前の勝又さんの名前)ちゃんも、もう就活の時期だよね? どうするのー?」と聞かれた。
「それが、どうするのが良いのか悩んでいて……」何をどう伝えればいいのか言いあぐねていた僕に彼は、「美穂ちゃんは女なんだから、どうせいずれ結婚するんだし、それまで好きなことやればいいじゃん! 今楽しいと思うことなら、なんでもいいじゃないー?(笑)」と言った。
女なんだし、結婚するからなんでもいいじゃんって……なにその答え方。僕が聞きたいのはそんなんじゃなくて、もし男性として生きたら、きちんと長く働いて、自分の分だけじゃなくて、相手の人のお金も払うくらいの働きはしていたいし、そのためには、どんな職について、どのくらい稼がなくちゃいけなくて、んでもって将来自分の身体のために注ぎ込むお金が手術の費用も入れて何百万円もするから、それを担保したくって……。当然、そんな細かい背景を伝えていないから、「女なら結婚という逃げ場があるから楽しく」ってなるのは、当然なのかもしれない。言えないのが悪い。言ってないのが悪い。そう思うしかないけど、やっぱり辛い。こんな意味のない相談をしたいんじゃない。
言い方が男性目線というか上から目線っぽいのもなんか嫌。どうしても男には敵わないみたいな気持ちになった。女は仕事から外れてろみたいな。でもその人が悪い人ではないのを知っているから、湧き上がる感情が全て、自分の性格の悪さに対する苛立ちに変わる。
結局、就活を進めて内定をもらったのは、ある企業のドライバーの仕事。ほかに、営業職・総合職などもあって、それを希望したのだけど、何回言っても「人前よりも、ドライバーが向いていると思うよ君は」と言われ、結局ドライバーでの内定だった。なんだか違和感はあったものの、就活当初は、カミングアウトをすれば、自分を人間とも思ってもらえず門前払いされ、路上で靴磨きを自力でやるとか、なんとか頭を下げて夜の仕事をさせてもらうかしかないだろう、と本気で思っていたし、最悪、どこにも働く場所がない状態になると予想していただけに、ひとまず一般企業という場所から内定がもらえて、お金だけは頂ける状態になったことは本当にありがたかった。
兎にも角にも、共感してくれるまでの人がいてもいなくても、自分が「性同一性障害」という名称を通して、自分の状態を相手に伝えられて、状況だけでもわかってもらえることは、それだけでも、今までの人生と全然違う景色だった。