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当時の母親側の想いは

(※著者の母による記述)

 いろいろな葛藤の間にも、時間が流れ、笑う日もあれば、友人と会話しては、子どものことを考える日が続いた。そして長男が結婚し、次男も婿に入り、美穂も大学4年生で就職活動と、時は流れていった。私は心の中も、だんだん、そんな美穂は、今度はどのような言葉と行動で、私たち親に、自分の体のことを説得してくるのだろう! と心の中は、本当に重かった。

 宮城の大学では、専攻が心理学だった。その時の先生が、定年に近い、独身の女の先生で、美穂の話をよく聞いて相談に乗ってくれていたようだった。ある日、美穂から「先生が、お母さんと話がしたいと言っているので学校に来てくれないか」と言われた。私は、「なんで?」と嫌な予感がして答えたのを思い出す。きっと先生にお願いして、私を説得しようとしているのだろう。

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「ちょっとずるいな、それはお門違いだ」と思ったが、これからどうしようとしているのかもわかっているので、人様に迷惑をかけてまで、と思い「会うよ」と言った。

 その先生に私は会ってすぐ「美穂の体のことを説得してほしいと頼まれたんですか?」と尋ねた。すると「私は、美穂さんから何も頼まれていないし、美穂さんの味方でもお母さんの味方でもありません。ただ、お母さんは、美穂さんの体のことをどのように思っているのかな? と思ってお会いしたかっただけです」と言われた。私の体の中の力が抜けて言ったのを覚えている。

 先生は、私の話をゆっくり全て受け入れて聞いてくれ、最後に「美穂さんの体のような人たちがこの世の中にはいて、美穂さんも自分の体を本当の自分、体と心を少しでも近づけて、本当の幸せな穏やかな人生を送るためにいろいろと努力をしていますが、卒業前に胸だけは取りたいと聞いています。もしお母さんにダメと言われたら、勝手に、自分のアルバイトで貯めている100万円を使って手術をすると聞いていました」と、先生は勝手に手術をされた時の私に対しての思いと、1人で病院で胸を取ってもらっている美穂の2人の姿を思い浮かべて、私と面会したいということのようだった。涙が出てしまった。私は、そこまでほかの人がこんなに私たちのことに向き合ってくれているのに、本当は、親が力にならなければいけないのに。私は、もうこれが潮時だなーと思った。

 そして、ある日、美穂から「私はずっと20歳で死のうと思っていた」と告げられた。「でも、人のために生きられるなら、もう少し長く生きてもいいんじゃないか、と思った」と言われた。その時は、もう申し訳なくて、そうだったんだーと。私は何も知らないで、何も理解できなくて可哀想に、と。よくそこまで言ってくれて、生きててくれて本当に良かったーと思った。

親子は生きづらいー“トランスジェンダー”をめぐる家族の物語

勝又 栄政 ,東畑 開人 ,清水 晶子 ,佐々木 掌子

金剛出版

2022年12月12日 発売