ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の米国との決勝、日本は3―2の九回に大谷翔平(28)=エンゼルス=を抑え投手としてマウンドに送り出した。捕手は中村悠平(32)=ヤクルト=だった。練習でも大谷の球を受けたことがなく、大一番の大詰めで初めてバッテリーを組む。大谷は互いにグラブとミットで口元を隠しながらの会話で中村に伝えた。

「甘めでいいんでドッシリ構えてください」

 14年ぶりの頂点まであとアウト三つで、リードは1点しかなかった。最少点差を守り切り、グラブを、帽子を投げ捨てて歓喜を爆発させるに至る前の大谷の言葉には、投手の極致が垣間見えたーー。

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WBC決勝での中村悠平と大谷翔平 ©時事通信社

極限下での覚悟と冷静さ

 大谷はWBCで2度先発した際、いずれも捕手は甲斐拓也(30)=ソフトバンク=だった。中村とは、その場で球種のサインを確認するほどの急造バッテリーだった。中日、横浜などで捕手だった中村武志氏(56)が指摘する。

「この期に及んで配球とか細かいことを話し合っても仕方ない。大谷君としては自分の能力で抑えにいくと決めていたんだと思う。捕手はしっかり捕球してくれさえすればいい。『甘めでいいんでドッシリ構えてください』は『それで打たれても自分の責任』という続きの言葉が隠れていたように聞こえた」

大谷翔平 ©文藝春秋 撮影・鈴木七絵

 メジャーの超一流選手で固めた米国打線を相手に僅差の最終回のマウンドに立っても、制球も配球も結果責任は全て自分が負うとの覚悟を、中村氏は読み取った。そして、こうも言った。

「周りが見えすぎている」

 年下の投手が年長の捕手に、こうした要求をすることはまずないという。ましてや中村はヤクルトで日本一を経験した日本球界屈指の捕手である。

捕手の構えは投手によって好みが分かれる

「普通なら捕手は『何を、この若造が』などとなる。しかし、相手は大谷君ほどの選手。悠平がカチンとくることはなかっただろう。何より大谷君の球をちゃんと捕球できるかどうかの不安が先に来ていたはず。大谷君はそれも見透かしていたのではないか。細かいことは求めず、悠平をリラックスさせようとしたところはあったと思う」