心不全や突然死をいつ起こしても不思議ではない
「3本ある冠動脈のうち2本がすでに詰まって心筋梗塞になっていました。残りの1本もほとんど詰まりかけていて、非常に危険な状態でした。心臓の筋肉の壊死が広範囲に及んで、心臓の機能が落ちていた。本人に自覚がないだけで、心不全や突然死をいつ起こしても不思議ではない。ご本人の今後のことを考えると治療は冠動脈バイパス手術以外になかった」
そう語るのは、Yさんのバイパス手術を執刀した大森赤十字病院心臓血管外科部長の田鎖治医師。
Yさんの歯痛は、狭心痛(心臓の虚血による一過性の痛み)だったのだ。
心筋梗塞といえば激痛を想像するが、実際には胸に痛みを感じない「無痛性」も少なくない。そして、本来心臓に起きるはずの痛みが心臓には出ずに、心臓と同じ神経に支配されている別の臓器や部位に出ることがある。
これを「関連痛」と呼ぶ。心臓の関連痛は、肩や腕、手などに出ることが多いが、まれに“歯”に出ることがある。心臓と歯は、じつは同じ神経の支配下にあるのだ。
脳は痛みを感知すると、その痛みがどこで起きているのかを判断する仕組みにはなっている。しかし、過去に心臓での痛みを経験していないと、突然心臓が「痛いんです」と申告しても、「何かの間違いだろう」と考えて、たまに痛むことのある「歯」の問題として処理してしまうことがあるという。
人間の社会でも、時々こうした思い込みによるエラーは起きるものだ。脳を責めてはいけない。
「関連痛」を疑ってみてもいい歯痛の条件
歯の痛みを、すべて心臓の病気に結び付けるのは現実的ではない。ただ、いくつかの条件が重なった時は、疑ってみてもいい、と田鎖医師はいう。
その条件とは――。
・歯科を受診しても原因が見つからない歯痛がある
・普段は痛まないのに「寒い時」「運動をした時」「興奮した時」など、歯が痛む環境に共通点がある
・心臓病や脳梗塞などの動脈硬化性疾患の家族歴がある
・高血圧、糖尿病、脂質代謝異常症、肥満、喫煙などの心臓病の危険因子を持っている
糖尿病の人や高齢者は神経が弱っているので痛みを感じにくく、心筋梗塞の発作に気付かないケースは少なくない。
朝晩の通勤時にYさんの歯が痛くなったのは、自宅やオフィスのように「暖かいところ」から寒い屋外に出ることで交感神経が緊張し、心臓がダメージを受けたものと思われる。
また、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患は、放置すると長くても数カ月で命に関わるレベルに進展するので、「年」の単位で同じ症状が持続することは考えにくい。
「1年前から症状がずっと変わらない――というような場合は、心筋梗塞や狭心症の可能性は非常に低い」(田鎖医師)
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気付かずに放置していたら、いつ突然死しても不思議はなかったというYさん。手術は無事に成功し、当然だが、その後は歯も痛まなくなった。今では真剣にダイエットに取り組み、血糖値も安定している。
歯と心臓は、意外に仲がいい――。
今回はそれだけでも覚えておいて下さい。