〈足にならせてください〉
私は、脚本・演出を務める新作『蒼穹の昴』の稽古を前に、8月2日から東京都内のスタジオで作曲家と2週間にわたる劇中音楽制作に入っていた。
そんな折、入団前のAから連絡があった。
〈明日から東京とお聞きしていましたが、雨が降る可能性があります。羽田まで車でお迎えに行かせて頂きたいと思っているのですが、何時ごろご到着でしょうか!?〉
演出家の中には公私の別なく、後輩の演出助手を私用に使う者がいるのも事実である。私はそういったことが嫌いな性分だが、上京する度にAから行動を共にしたいと、頻繁に連絡がくるようになった。
〈お身体とご予定が可能でしたら、朝ご飯をご一緒させてください〉
〈東京にいらっしゃる時は足にならせてください〉
〈モーニングコールはお任せください〉
〈宝塚に行っても、できる限りお側にいさせてください!〉
Aの必要以上の慇懃さには抵抗感を拭えなかった。本心なのか社交辞令なのかもわからず、だいいちこんな運転手まがいのことは、やはり彼のすべきことではない。
「あなたは演出家の卵であって僕の付き人ではないんだから、やっぱりこんなことをする暇があったら自分の勉強の時間に回したほうがいい」
「母にも言われているんです。送り迎えさせてください。先生とお話しをさせて頂くのが何よりの勉強になります!」
Aはいつもそう繰り返すのだった。これまで彼のように積極的に連絡をくれ、仕事のサポートをしたいと言ってくる後輩はいなかった。私は先輩から何かを吸収しようとする心意気を無下には出来なかった。送迎を強制したことは一度としてないが、時に仕事終わりの深夜に送迎してもらったことは事実である。今にして思えば、最初にきっぱり断るべきだった。
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原田諒さんの「宝塚『性加害』の真相」全文は、月刊「文藝春秋」2023年6月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
宝塚「性加害」の真相