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(振り飛車でトップになれないなんて誰が決めた?)

(居飛車穴熊に勝てないのは研究不足では?)

(一門の禁なんて破っても……あ、むにゃむにゃ)

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 今、師匠の立場として最後の教えの是非は答えにくいが、これはまた別の機会に。とにかく多数派に同調したくない天邪鬼な……いや反骨心が振り飛車を選ぶ理由付けになった。誰も目を向けないから研究も進んでおらず、そこに活路があるのでは……。いわゆる逆張りの意識も働いた。

脈々と受け継がれる振り飛車の血

 振り飛車とは相手の攻めを真正面から受け止めず、受け流してカウンターで返す戦法。勝つまでには時間が掛かるが、その分負けにくい。しばらく試して自分に合う戦法なのはすぐに分かった。

「そう、これに出会うのを待っていた!」

 喩えるなら感性が同じ一生の友に巡り合った気分で、あれが自分の修業時代の転機の一つだった。

 あの日から、ずっと振り飛車党だ。後に兄弟子の小林健二九段が振り飛車党に転向し、私の弟子の室田伊緒女流二段(振り飛車党)がデビューする。一門の流儀とはまた別に、振り飛車の血も脈々と受け継がれているのだ。

藤井聡太竜王は典型的な居飛車向きの棋風

 さて現在、藤井聡太竜王は絶対に飛車を振らない。

「自分が飛車を振るとさばけないので」

 彼はあっさりとこう言って笑う。たしかに最善手を積み重ねるスタイル、形でなく先を読み抜く能力。典型的な居飛車向きの棋風なのでそれも当然だろう。

これまで公式戦では一度も飛車を振ったことがない藤井聡太竜王・名人 ©文藝春秋

「いや藤井さん、振り飛車は右脳が鍛えられますよ。ぜひやるべきですよ」

 こんな攪乱作戦を用いる刺客が現れぬよう、周囲に目を光らせる振り飛車党の私であった。

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 このエッセイは『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)に収録されています。週刊文春連載を待望の単行本化。藤井聡太とのエピソード満載、先崎学九段との対談「藤井聡太と羽生善治」も特別収録して好評発売中です。

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