『デモクラシー』(堂場瞬一 著)集英社

「いま、日本の政治がおかしなことになっているという感覚は誰もが持っているはずなのに、雑談で政治家の悪口を言いこそすれ、政治自体の話はしなくなりましたよね。でも、人と話すことは民主主義の基本です。そういう意味では、この小説が政治について考えたり、人と意見を交換したりする材料になってくれたら。事実、この本の取材に来た記者さんは、たいてい最後は議論をして帰る。本当は皆、言いたいことがあるんだな、と思います(笑)」

 警察小説で数多くの人気シリーズをかかえる作家・堂場瞬一さんの新作長編小説『デモクラシー』は、そのタイトルどおり、日本の“民主主義”のあり方を読者に問いかける、エンターテインメント政治小説だ。

 4年前の政権交代によって憲法が改正され、国会は消滅、国政選挙も廃止された。代わりに成立した“国民議会”の議員は、20歳以上の日本国民から1000人がランダムに選ばれる。審議はすべてネット上で行われ、アーカイブ閲覧も可能――。

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 過激で斬新な発想に満ちた本作執筆のきっかけは、コロナ禍だった。

「オンラインでの会議が普及して、これなら、もっと重要なことを決める会議、例えば国会だって、リモートでできるんじゃない? と思ったんです。もともと、eデモクラシー(ネットを利用して市民が直接的に政治や行政に参加すること)に関心があって注視していましたが、なかなか発展していかない。そこで、ためしに小説の中でやってみようと思い立ったわけです」

 物語は、島根県出身の大学3年生・田村さくらのもとに、第二期国民議員の選出通知が届くところから始まる。ためらいながら議員活動を始めたさくらの姿を通して、国民議員の監視とサポートをする“国民議員調査委員会”の活躍や、違法行為をした議員に対する“リコール制度”などが丁寧に描かれていく。

堂場瞬一さん

「絶対に有り得ない、という前提で、100パーセント妄想で書きました(笑)。そもそも、権力者は自分が手にした権力を絶対に手放さないものです。だから、国会の廃止自体、まず起こり得ない。でも、議会や選挙がなくなれば予算の歳出削減にもつながるし、日本人の気質からいって、もし議員に選ばれたら、真面目に議員活動を行うと思うんです。例えば、裁判員制度は始まって10年以上が経ちますが、これまで大きな問題もなく運営されている。だったら、このシステムも案外できないことはない。そう思いませんか?」

 現首相は、直接選挙で選ばれた49歳の北岡琢磨。新与党を率いて“直接民主制”の地方拡大を目指す。一方、守旧派も黙っていない。北岡の叔母で都知事の宮川英子を対抗馬として擁立し“議会制民主主義”を復活させるべく暗躍。物語の後半では、彼らの攻防がスリリングに展開する。

「モデル? いえ、本作の主人公はあくまでシステムなので。それぞれの登場人物は、それを体現するためだけに存在しています。小説のかたちとしては間違っているかもしれないですが、今回は徹頭徹尾、システムを描くことを意識しました。だから私にしては珍しく(笑)、題名も一度も揺るがず、これで行こうと最初から決まっていたほどです」

 実は本作には、憲法改正に至るまでの前日談が同じくらいのボリュームで存在するという。さらに、後日談やスピンオフの構想も。

「私自身、まだ語りたいことがたくさんあるんですよ。もっと描いてみたい人物もちらほら……。この世界観でゆるくつながった話は、今後も書くつもりです」

どうばしゅんいち/1963年生まれ。新聞社勤務のかたわら小説を執筆し、2000年、野球を題材にした「8年」で第13回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。スポーツ小説、警察小説で人気を誇る一方、政治やメディアをテーマにした作品も多い。最新刊は『鷹の惑い』。