「日本人の女の子は簡単だね。耳元でアイラブユーっていえば、すぐに落ちる」
沖縄市にあるキャンプ瑞慶覧――16年ぶりにこの米軍基地を訪れた筆者が見た、「在日米軍の恋愛事情」とは? 作家の神里純平氏による、一部の県民のみぞ知るディープな沖縄情報を満載した『最新版 沖縄 裏の歩き方』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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潜入・キャンプ瑞慶覧
沖縄には現在、4万人を超える米軍関係者が居住している。
はたして彼らはどのような生活をおくっているのか。2010年代半ば頃、私は友人に頼み、基地内部に入れてもらったことがある。場所は沖縄市にあるキャンプ瑞慶覧。基地の中に入るのは、16年ぶりだった。
私はある時期、よく基地に出入りしていた。なぜなら、当時、アメリカ人の女の子と付き合っていたからである。
どういう経緯でアメリカ人の女の子と出会ったか、詳細は省かせてもらうが、当時の基地はいまと比べると管理が穏やかだった。彼女の車に私が乗っていても、基地の入り口に立つ見張りの者は、身分証を見るまでもなくすんなり中に入れてくれた。
基地の中の世界は、外部の世界とまるで違っていた。基地のいたるところに公衆電話があり、国際電話が無料。ボウリング場やビリヤード場も無料であった。基地内のファストフード店で出てくるのは、もちろんアメリカンサイズ。映画館の入場料はたったの4ドル。当時の日本円に換算すると、新作映画が500円で観られたのだ。
ただし、基地内部にあった「PX」という大型量販店では、入店の際に氏名の記入を求められた。当時流行っていたナイキのシューズが驚くほど安かったのを覚えている。あれから16年が経った。基地の内部がどう変わっていたのか、リポートしよう。
取材を手伝ってくれたのは、友人の友人である25歳のアメリカ人である。彼は23歳のときに海兵隊に入隊した。ドイツ系アメリカ人で、仮にトムとしておこう。
米軍基地の内部に入るには、身分を保証する関係者がいなければならない。ゲートの入り口までトムに迎えにきてもらい、手続きをする。ゲートで免許証と車検証のコピーを取られた。係員がトムに、私たちを基地に入れる目的を細かく質問している。傍らには警棒を持ち、拳銃をぶら下げた警備員までいる。
待つこと20分、基地内部に入る許可が下りた。