チャプマンのケースは、ロシア人の民間スパイの手口として参考になる。もちろん公安部もそう考えて、事件を摘発したアメリカのFBIに講義を依頼している。当時、チャップマンらロシア人民間スパイ10人が逮捕されているが、その数カ月後にFBI特別捜査官が来日した。
外事課では、特別捜査官の話を聞くべく、数人の捜査員が集まった。相手がFBI捜査員であっても顔を晒すのはられるということで、外事警察の受講者はサングラスやマスクをして講義に臨んだ。特別捜査官によれば、摘発された10人はSVRのスパイで、彼らの任務は米連邦議会(国会)の議員と親しくなることだった。ロシアに不利となる法案が提出されれば、それを妨害する工作をするよう指示されていたという。また国防総省の幹部にも接触を図って軍事情報を入手するよう命じられていた。
「美しすぎるロシア人スパイ」の“色仕掛け”
チャップマンは、ニューヨークで不動産会社の社長を装っていた。色仕掛けで情報収集や人脈の構築に励んでいたという。さらに講義では、FBIがチャップマンらを尾行して、鞄や靴に仕込んだ超小型のカメラで撮影していた動画も披露された。動画には、チャップマンがカフェでパソコンを開いてデータを通信している様子や、古典的なスパイの手法で、スパイ業界ではよく知られている「フラッシュ・コンタクト」も使っていた。フラッシュ・コンタクトとは、情報機関員と情報提供者であるスパイが、情報交換のため、すれ違いざまに機密資料を手渡すやり方だ。日本の捜査員らはそうした動画に目が釘付けになった。
世界に目を向けると、民間スパイには画家を装っている者もいる。日本ではまだ画家は確認されていないが、ヨーロッパの外交官から「画家にはスパイがいるから気をつけろ」と言われたこともある。画家であれば、浜辺で発電所を描いていても、ダムを描いていても、誰にも怪しまれない、ということだ。
またこれは意外な事実かもしれないが、ロシアンパブにスパイはあまりいない。警察では、生活安全課が風営法違反でロシア人を逮捕することがある。逮捕の調書や参考人聴取の供述を読むことがあったが、パブの女性にスパイはいない印象だった。