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 そうやって地方支局の記者にまで広げたネットワークは、チャットなどを活用する形でゆるやかな「クマ担」を形成している。最も多いグループだと80名ほどが加わって、日々、クマに関する情報があげられ、共有しているという。

「自分では“布教活動”と呼んでいるんですが」と笑う内山の“引き”もあってか、尹もまた「クマ担」に加わることになった。

2021年6月、札幌の町中に出没した158キロのオス。この札幌市東区の事件をきっかけに北海道新聞「クマ担」は、チームとしての陣容を整えていくことになった ©時事通信社

「三角山で人が襲われた」

 その尹の「クマ担」着任初日は2022年3月31日だった。

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「何をしていいのか、わからなかったので、とりあえず挨拶まわりにでも行こうかなと思っていたんです」

 そこへ内山から電話がかかってくる。

「三角山で人がクマに襲われた。今からタクシーで迎えに行くから、一緒に現場入るぞ」

 三角山(311メートル)は札幌市西区にあり、街の中心部からでも車なら30分とかからない。その名の通り、正三角形に近いような形状で札幌市民に親しまれ、幼稚園児が遠足で登るような低山であり、およそクマが出るような場所ではない。

「三角山」登山口。筆者が訪れたときには、2023年11月の周辺での目撃情報とともに「熊出没注意」の看板が設置されていた ©伊藤秀倫

 だが“前兆”らしきものはあった。

 2週間ほど前の3月14日、三角山の自然歩道付近に〈ヒグマの巣穴(冬眠穴)らしきものがある〉と市民から通報があったのである。

 札幌市は一時、歩道を閉鎖して周辺を調査したものの、穴の発見には至らず、クマの痕跡もなかったため、2日後に閉鎖を解除していた。

 それから2週間後の事件発生。やはりクマは穴にいたのである。

突然、穴からヒグマが…

 現場へと向かうタクシーの中で、襲われたのが札幌市から委託を受けてクマ対策に携わるNPO団体の職員、Aさんであることが分かる。内山にとっては日頃から取材活動を通じて交流があるだけでなく、大学の先輩でもあった。

 そのAさんはこの日、改めて冬眠穴の有無を確認するため三角山に入り、それらしき穴を見つけて調査していたところ、中から出てきたヒグマに襲われたのである。

 着任初日にこの事件に遭遇した尹は、その衝撃をこう物語る。

「こんなに人が頻繁に行き来する歩道のすぐ近く、専門家であるAさんでさえ『まさか』と思うような場所にクマが冬眠穴を作っていた。頭をガツンと殴られたような衝撃で、クマをめぐる問題がここまで大変なことになっているのかと実感させられました」

 一方で内山には、ちょっとした後悔があった。

「札幌市が歩道の閉鎖を解除したときに、担当者に『本当に冬眠穴ではないんですね?』と何度も確認したんです。そのせいで『念のため、もう一度調査しよう』という話になったのではないか、とひそかに責任を感じてました」

トレイルカメラに映った親子熊の姿(「南知床・ヒグマ情報センター」提供)

 Aさんを襲ったクマはメスで、巣穴の中で2頭の子グマを育てていた。母グマは逃げて行方が知れず、子グマたちは忽然と姿を消した。