「池上彰の総選挙ライブ」(テレビ東京系、BSジャパン)の新企画として誕生した「政界 悪魔の辞典」。皮肉とブラックジョークをこめた選挙にまつわる用語の再定義に、視聴者からは「風刺が利いて面白い」と多くのコメントが寄せられた。池上彰さんによると、「言論の自由がない環境ほど、面白い政治風刺が出てくる」という。

 海外の「政治風刺」事情と4月からテレビ東京で始まった新番組「池上彰の現代史を歩く~Walking through Modern History~」の見どころについて、池上彰さんとテレビ東京報道局統括プロデューサーの福田裕昭さんが語った。

池上彰さん(右)、福田裕昭さん(左)

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「政界 悪魔の辞典」を思いつくきっかけになったアネクドート

福田 昨年10月22日の選挙特番で作った「政界 悪魔の辞典」の本家本元である『悪魔の辞典』(アンブローズ・ビアス著、1911年)は、20世紀初めの本ですから、キリスト教徒や教会のことを書いている項目では、今読んでも「ピンとこないな」と思うところもあります。その一方で、100年前の読者でなくとも思わず膝を打つ名作もあるのです。

・誕生(birth) 数ある災難の中で、最初に訪れる最も恐ろしい災難。

・挑発(provocation) お前さんの親父は政治屋だったな、と人に告げること。

・法律家(lawyer) 法律の裏をかく技術に熟練している者。

・没落(ruin) わが国の百万長者連が、税金を納めねばならないことになったら、陥るにちがいない状態。

・歴史家(historian) 広範囲にわたって噂話をやらかすやから。

・自尊(self-esteem) 誤った評価。

 例えば、ここに列挙したような言葉は、切れ味鋭く、100年前のアメリカ社会を想像しながら読むと楽しめます。自由な表現がストレートに放たれていますよね。「政界 悪魔の辞典」を思いつくきっかけになったアネクドートは、逆の意味で面白いです。

池上 「アネクドート」とは、旧ソ連時代の政治を風刺した小話です。もっとも有名な小話の一つが、ソ連の人間とアメリカの人間が、「自分たちの国にはいかに言論の自由があるか」を自慢し合ったというもの。

 アメリカ人が「アメリカには言論の自由があるんだぞ。ホワイトハウスの前で、『アメリカの大統領はバカだ』と言っても捕まらない」と言ったら、ソ連が「それだったら我が国も同じだ」と。「赤の広場で『アメリカの大統領はバカだ』と言っても捕まらないぞ」。食い違いの馬鹿馬鹿しさ、面白さを楽しむ小話です。

 もうひとつ有名なのは、「『フルシチョフはバカだ』と言っていたやつが捕まった」「名誉棄損で捕まったのか?」「いや、国家機密漏洩罪だ」という小話。

 

福田 こういう小話を聞いて、3秒ぐらい考えて噴き出す人もいれば、ずっと意味がわからない人もいますね(笑)。ロシアは、2017年の「言論の自由度ランキング」で180カ国中148位ですが、ソ連時代はもっと自由度が低かったでしょうね。

池上 ソ連でずっと語り継がれている「プラウダにプラウダなし」「イズベスティアにイズベスティアなし」という言葉があります。

――どういう意味ですか?

池上 プラウダとは、「真実」という意味なんです。そしてソ連共産党の機関紙も「プラウダ」という名前でした。ソ連共産党の機関紙に、真実が出ているわけないだろう、というのが「プラウダにプラウダなし」。イズベスティアとは、「報道、ニュース」という意味です。ソ連政府の機関紙は「イズベスティア」という名前で、お決まりのことしか掲載されていなくてニュース性が全くなかったので「イズベスティアにイズベスティアなし」。

 独裁的な国家においては、「アネクドート」的な小話がわっと広がっていきます。最近では、中国で「くまのプーさん」の画像がネットで全部削除されているでしょう。要するに習近平国家主席とオバマ大統領が並んで歩いているシーンが、まるでくまのプーさんが誰かさんと歩いている姿にそっくりだという皮肉でした。「くまのプーさん」というのが習近平国家主席の隠語になっていたんですね。

2013年6月、米カリフォルニア州で談笑するオバマ米大統領(当時)と中国の習近平国家主席 ©時事通信社