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 余裕のある時は買い物に行ったり、料理をしたり、ゆっくり本を読んだりもします。

 とはいえ、ベルリンにいられる時間は限られています。ほとんどは、行く先々の場所で練習をしなくてはならない。時には、代役のために急なオファーが届いて、練習時間が数日しかないことも。

演奏後の一コマ。右手にはゲン担ぎのハンカチが ©王子ホール/白井淳太

 昨年秋の出来事です。指を怪我したピアニストの、代役オファーが旅先で舞い込んだのです。すぐに練習をするため、その地で楽譜を手に入れ、ベルリンへ帰るフライトを急遽変更して、リハーサルに駆けつけたこともありました。

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 コンサート直前の練習の重要さは、ピアニスト特有の問題でもあります。例えばバイオリン奏者は、自分の楽器を持ち運べます。しかしピアニストは、ホールに備え付けの、その日初めて触れる楽器を使う。稀代の名品のこともあれば、傾いたぼろぼろのピアノに呆然としたこともあります。それらを毎回、リハーサルの1、2時間で、感覚を掴まなければならないのです。

 会場ごとに異なるピアノの特徴やホールの響きを計算するのは、とても難しいことです。ただ一方で、違いを意識して演奏していると、思わぬ恵みに出逢えることもあります。毎回一期一会の演奏をお届けできるのが、ピアニストの魅力とも言えましょう。

(3)お国柄の違いを理解する

 コンサートを行う国や地域によっては、音楽の楽しさがいちばん伝わりやすいように、弾き方やプログラムを調整することもあります。

 例えば日本と中国を比べてみましょう。あくまで個人的な意見ですが、日本は鹿威しに代表されるように、音と音の“間”を楽しむ文化が根付いています。また、盆栽のように、余計なものを削ぎ落すことに美学を感じる方が多い。

 その一方、中国のお客さんたちは、より華やかなものを好まれます。そこで今年の9月、中国の上海でショパンのポロネーズを弾いた時には、音と音の間を気持ち短くしてみました。

 主催者がコンサート・プログラムに求めるものも国によって差があります。フランスは基本的に奏者にお任せですが、ドイツでは「この曲を」と頼まれることが多い。例えば私は去年、モーツァルトの『ピアノ・ソナタ全集』のCDを出しましたが、最初に提案した曲目にモーツァルトを入れていなかったら「あなたのモーツァルトを聞きたいんです!」と言われました。