『ラブレターの書き方』(布施琳太郎 著)晶文社

 絵画や映像をつくる気鋭のアーティストでありながら、美術批評の執筆もすれば、キュレーターとして様々な展示の企画も行う。詩人としての顔も持ち、第一詩集『涙のカタログ』を昨年末に発表したばかり。これらすべて、布施琳太郎という1人のアーティストの活動だ。「20代のうちに本を出したかった」と語る29歳の初の単著は『ラブレターの書き方』という風変わりな評論集となった。

「1冊目の本ですが、もしかしたら2冊目に出すべき本だったのかもしれません。この本では色々な角度からラブレターを取り扱っています。そもそも自分がアーティストとして作品をつくる中で、今のアートシーンに位置づけできない、見せ方がわからないと感じる表現がラブレターでした。それは社会正義に基づく異議申し立てでなければ、自分語りですらない作品や文章のことです。ラブレターの場合、相手がいて自分がいる。ふたりの人間がひとつになろうとするけど、近づこうとするほど私とあなたは違う存在なんだということを思い知らされる。2人であることの成立には根本的な矛盾があり、そうした矛盾を評価する基準が現代美術にはありませんでした。こういった前提の元で書きはじめたので、本来なら今の現代美術の問題点を指摘するような本が必要だった。今回は良いドライブ感を保って完成しましたが、次に何か書くとしたら、順番は逆ですけど、そういう本を書きたいと思っています」

 つまるところ、社会にも個にも絡めとられない表現としての「ラブレター」の可能性を探っているのが本書だ。たとえば戦後、駐留米兵に恋する日本人女性を対象に成り立った恋文代筆業者の話。または寺山修司が恋人の九條今日子に宛てたラブレターのレトリック。個別具体的に取り上げられる作品のジャンルは多岐に渡り、どれも知的好奇心を揺さぶる。布施さんのキュレーター的資質がいかんなく発揮されている。

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撮影・岡崎果歩

「たしかにこの本は、ラブレターというテーマの元に開催された展覧会のようです。展覧会を企画する時は、一個のテーマに対して複数の作家を呼ぶわけですが、個々の作家は独立した作品を制作するので、全体が1本の物語になるわけではもちろんありません。アーティストは本来、論理的な整合性によっては繋げられるはずのないことを、1枚の絵の中で繋げてしまう。鑑賞者は『本当にそうかも』と思わされますが、キュレーションはその『本当にそうかも』の部分を集める作業。一つのテーマの元に複数の作品世界が集まる、そのシステムが面白いんです」

 最終章では若手詩人、水沢なおの作品を俎上に載せた。布施さん自身、詩には特別な思いがある。

「先ほど、アートシーンの中で作品の立ち位置が見つからなかった時期の話をしましたが、詩というのもそのひとつなんです。21歳の頃、僕は詩に基づいたインスタレーションを作っていたんですが、批評家や美術館の学芸員から『詩はやめたほうがいい、売れない』と言われた。それ以来、言葉の領域を後退させて視覚的な表現に集中していました。しかしコロナ中に水沢さんの作品に触れた時に、それが大きな損失だったことを自覚したんです。詩を介した美術批評の可能性を拓くためにも、水沢さんの仕事を丁寧に読み解くことが必要だった。書くからには生半可なことはできません。ジャン・ジュネは一度作家活動をやめたんですけど、それはサルトルがジュネ論を書いたせいなんですよね。それくらいの気持ちで書いた詩論です」

ふせりんたろう/1994年、東京都生まれ。アーティスト。スマートフォンの発売以降の都市における「孤独」や「二人であること」の回復に向けて、映像作品やウェブサイト、絵画制作、詩や批評の執筆、展覧会のキュレーションなどを行っている。詩集に『涙のカタログ』。