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 相馬の調査役としての主な仕事は、営業課の事務処理に問題を抱える支店を個別に指導し、解決に導くことである。その彼に、初めて部下が付くことになった。それが入行五年目の花咲舞である。代々木支店時代にもやはり相馬のもとで働いていた舞は、ひどいはねっ返りで上司を上司とも思わない行員だった。その彼女が、再び相馬のもとにやってくることになったのである。相馬の口をついて出たのは、花咲という名前ではなく、「狂咲」(くるいざき)という当時の呼び名だった……。

 

 こうした具合に再会した二人は、自由が丘支店での誤払い事案を皮切りに、数々の問題の真相を究明していった。その姿を描いた『不祥事』が刊行されたのは二〇〇四年のこと。続篇である本書『花咲舞が黙ってない』の刊行は二〇一七年だ。続篇刊行までに十三年もの年月が経過しているが、作中の時代設定は本書も二十世紀末目前であり、『不祥事』と連続している(臨店指導グループのフロアは十階から四階に移動したようだ)。もちろん、本書は、『不祥事』刊行当時の読者にも、TVドラマをきっかけに『不祥事』を読んだ読者にも、あるいはTVドラマを観ただけの読者にも、素直に愉しんで戴けるように書かれている。さらにいえば、本書からまず読んでも全く問題はない。

 さて、東京第一銀行を蝕む“闇”は、本作に至っても姿を変えて存続しており、今回は、さらに上層部の姿勢が問われる展開となっている。というのも、東京第一銀行そのものの存在を揺るがしかねない巨額の赤字が現実のものとして迫ってきていたからである。大口取引先のハヤブサ建設が破綻し、二千億円もの不良債権を抱え込んでしまったのだ。

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 二十世紀末といえば、一九九七年に上場ゼネコンの東海興業が破綻するなど、大手を含むゼネコンが会社更生法適用を申請したり、あるいは、債務免除で生き延びたりしてきた時代だ。そうした動きと連動するように、金融業界においても、北海道拓殖銀行や山一証券が破綻し(九七年)、翌年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行も破綻(九八年)した。生き残った企業においても、九九年には第一勧業銀行と富士銀行に日本興業銀行を加えた三行がみずほフィナンシャルグループの設立に動き出すなど再編が始まり、“銀行に入れば一生安泰”といわれていた時代は終わりを迎えようとしていた。この『花咲舞が黙ってない』は、そんな時代の物語である。

七つの短篇

 第一話「たそがれ研修」は、いかにもそんな時代らしいシーンで幕を開ける。ハヤブサ建設の破綻に伴い、“東京第一銀行、空前の大幅赤字予想”なる見出しが経済新聞の金融面を飾った日のこと、自分たちのボーナスへのダメージを嘆いていた舞と相馬たちの上司である芝崎次長が研修から帰ってきた。シニア管理職研修、いわゆる“たそがれ研修”であり、数十年必死に銀行のために働いてきた管理職が、銀行に頼らずに第二の人生を切り拓くことを求められる研修である。三人ともモチベーションが下がるなか、芝崎は、舞と相馬の臨店指導グループに新たな指示を下した。赤坂支店での顧客情報漏洩疑惑の調査だ……。この短篇、ミステリとしては舞の発想の転換が冴えている。ちょっとした偶然の後押しもあるが、それにより新たな視点での調査を行うことができて、真相へと到達できるのだ。そしてその真相が明らかになるシーンが、また印象的だ。犯人が心情を吐露するのだが、本人はそれこそ激白したつもりであっても、視野が根本的に狭いことが読み手に伝わってくる。井の中の蛙の激白なのだ。その犯人が舞に一喝される姿の滑稽な悲哀が、深く心に残る。