続く第二話で花咲舞と相馬は、事務ミスを連発する現場の様子を窺いに、銀座支店へと赴く。直近で発生していたのは、小切手取引に固有の事務処理に関するミスだった。それによって、ある会社から取引先への振り込みが予定通りに行えない事態が発生してしまったのだ……。この問題に関する原因究明やその後の対処について臨店指導グループの二人が探ることになるのだが、ここでもやはり花咲舞の着眼点が冴えている。ある記載事項(それは単なる英数字の列に過ぎないのだが)に気付き、それが意味する“不自然さ”を見抜くのだ。こうした花咲舞の推理の経路を愉しめる「汚れた水に棲む魚」は、同時に、本書を貫く大きなテーマが具体的に顔を出し始める一篇でもある。鍵を握る人物は、頭取の牧野治、企画部長の紀本平八、そして紀本の懐刀と呼ばれる切れ者、企画部の昇仙峡玲子調査役だ。彼等が――具体的には昇仙峡玲子が企画部特命担当として――東京第一銀行のため、手段を問わずに動き始めるのである。
第三話「湯けむりの攻防」の舞台は、九州の別府だ。老舗旅館の白鷺亭において臨店指導グループの二人は、天然鮎塩焼き、キスの天ぷら、ヒラメ薄造り、豊後牛のステーキなどなど、最高の料理を堪能する。臨店先の別府支店の計らいでもあったが、白鷺亭側にも二人をもてなす理由があった。別府の町おこしに協力して欲しいというのだ。白鷺亭が旗振り役となって別府全体を守り立てるべく融資を申し入れているが、なかなか話が進まず、打開に向けて力添えをしてもらえないかという期待だった……。この第三話は、ミステリとしての謎解きではなく、銀行の能力が試される様を重視した一篇となっている。適切な融資判断を行えるか、だ。そしてその積み重ねが、銀行そのものの力であることを、かなり衝撃的な形で読者は――そして花咲舞も相馬も――知ることになる。
物語の折り返し点となる第四話「暴走」は、新宿駅東口繁華街で車が暴走し、三十人超の重軽傷者を出した事件で始まる。“世の中への不満”を動機として述べた運転手の男が、暴走に先だって東京第一銀行四谷支店でローンを断られていたことが判明する。マスコミから何か言われる前に、銀行としての手続きに問題がなかったことを確認するために四谷支店を訪れた花咲舞と相馬は、さしあたり問題ではないものの、気になる書類を発見する。そしてさらに深く調査を進めた舞と相馬は、ある悩ましい真実に到達してしまう……。これもまた銀行としての力量が試される一篇だ。
こうして東京第一銀行のなかにギスギスとした空気が充満していく様子が浮き彫りにされていくなか、第五話「神保町奇譚」は、一服の清涼剤として機能している。寿司屋を訪れた舞と相馬は、同席した一人客の女性が、亡くなって五年になる娘の通帳に、死後も動きがあったと話すのを耳にする。舞たちは、その口座が自行のものではないながらも、謎の解明に協力する。そして見えてきた真実――なんとも素敵な短篇小説である。人物、謎、舞台。小説を構成する要素が、適材適所に配置されていて、実によい。
その素敵な余韻がまだ読み手の心に残るうちに始まる第六話「エリア51」。このあたりまでくると、窮地に陥った東京第一銀行をめぐる大きな物語としての色彩が濃くなってくる。この第六話の冒頭では、東京第一銀行がメーンバンクを務める東東デンキに巨額粉飾の疑惑があるとの報道が流れる。それはそれで銀行にさらに数千億円の痛手をもたらすのだが、舞と相馬は、もっと重大な情報を偶然入手してしまった。そして銀行の危機意識と臨店指導グループの正義が軋む……。
物語はそのまま最終話「小さき者の戦い」へとなだれ込む。この最終第七話は、実は全体の七分の一ではなく、五分の一以上を占めるという、ボリュームたっぷりの作品である。ここでは、第六話で臨店指導グループに生じた大きな変化から新たな謎が掘り起こされ、そして第六話で提示された情報をさらに深掘りする形で、東京第一銀行を巡る大きな物語に一つの決着が示されている。また、あえてこの解説では筆を控えてきたが、昇仙峡玲子など、本書のそこここで顔を出してきた面々も、しっかりと活躍している。『花咲舞が黙ってない』のラストを飾るに相応しい重みのある一篇なのだ。