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スマホがないくらいの、ちょっと昔の設定

――シリーズ化が決まってから、世界観や人物相関図を作り込んでいったのですか。

吉永 1作目は児童虐待の話をどういうふうに解決していくかに主眼を置いて書いていたのですが、今後はお草の暮らしに焦点を当てたほうがいいのかな、などと、なかなか切り替えがうまくいかなかったように思います。それでも、お草や従業員の久実、運送屋の寺田が小蔵屋にいて……と書いていくと、ああ、小蔵屋ってこういうお店だなとか、紅雲町ってこういう町だなと見えてくる。書くことで自分が確かめている感じで、シリーズ化するというのはこういうことなんだなと思いました。

――第1弾の『萩を揺らす雨』は短篇集で、その後は1話完結の連作短篇形式ですね。ちなみに時間軸の設定については……。

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吉永 最初に書いた短篇集の『萩を揺らす雨』の時間の中に、2冊目の『その日まで』(11年刊/のち文春文庫)から最新刊の『花ひいらぎの街角』までがはいっていると考えていただくといいのかなと。まだスマホがないくらいの、ちょっと昔の設定ですね。2巻目はお草の友人の由紀乃がまだ元気な頃ですし。

その日まで―紅雲町珈琲屋こよみ (文春文庫)

吉永 南央(著)

文藝春秋
2012年11月9日 発売

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――2巻目の『その日まで』が偶数月、3巻目の『名もなき花の』が奇数月の話になっていますよね。2冊合わせて1年間の話なのかなとも思いました。

吉永 あまり深くは考えていなかったんです。一応、日本には四季があるので、ひと月おきにして、そういうものを盛り込もうと思って。その後は、4巻目の『糸切り』(14年刊/同)が春、5巻目の『まひるまの星』(17年刊/同)が夏で、『花ひいらぎの街角』が秋から初冬にかけての話になっています。それで、あまり冬を意識してほしくなくて、「柊」の漢字をひらいて「ひいらぎ」にしました。

まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ (文春文庫)

吉永 南央(著)

文藝春秋
2018年3月9日 発売

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――2巻以降は1冊を通して大きな謎が解かれていく作りにもなっていますね。

吉永 そうですね。毎日暮らしている中での小さな問題を1話ずつに入れて、1冊のなかで大きな謎や問題を解決していくようにしています。

瀧井朝世さん ©榎本麻美/文藝春秋

生きている中でひっかかることを核にしている

――毎回どのように謎や事件を構築しているのでしょうか。

吉永 今私が生きている中で、ちょっとひっかかるようなことを核にしています。お草の仕事は探偵ではないし、日常の中で普通の仕事をして生きているので、込み入った謎解きができるわけじゃない。なので、日常の中で解き明かせる程度の謎を盛り込んでいくようにしています。読んで「ああ今もこうだよな」と、今の時代のことを考えてくださる方がいたら嬉しいなという気持ちです。

 どれも、お草が人間同士のもつれたところを解きほぐす役割をしていますね。

――そうですね。お草さんが、人々の間の昔からのわだかまりを解きほぐして、止まっていた時間を動かす役割をしているように感じます。

吉永 確かにそうですね。その時解決すればよかったのにできなかったことが、宿題のようにいっぱい残っていますよね。それが解決する時期が来るというか。その時期が来たことをお草がうまくキャッチしているのかなと思います。これはできるのかな、まだできないかな、どうかなと考えているうちに、なんとなく周りの協力があったり、タイミングが合ったりして、ポロッと皮膚の一部が剥がれ落ちてきれいになる、みたいなことかなと思うんです。かさぶたが取れるというか。

 関係ない人から見たらきっと、お草が何をしているのか分からないと思うんですよ。いつも通りお店を開けて、いつも通り仕事をしているんだけれど、ほんの何人かの間で、その関係者にとっては人生の中ですごく大きなことが起きている。その意味ではお草の役割は大きいのかなと思います。お草も、そうやって行動することで救われているのではないかなと。

吉永南央さん ©榎本麻美/文藝春秋

吉永南央(よしなが・なお)

1964年埼玉県生まれ。2004年「紅雲町のお草」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。2008年、同作を含む『紅雲町ものがたり』(文庫『萩を揺らす雨』)で単行本デビュー。他の著書に『オリーブ』『キッズタクシー』『ヒワマン日和』などがある。

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※「作家と90分」吉永南央(後篇)──古い記憶を明るく染めるシリーズ最新刊『花ひいらぎの街角』──に続く bunshun.jp/articles/-/6999