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ヒロインは70代のおばあちゃん!「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ──「作家と90分」吉永南央(前篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2018/04/14

genre : エンタメ, 読書

離婚の末、息子を亡くしたお草さんの辛い過去

――お草さんは若い頃結婚したものの離縁し子どもは夫側に引き取られ、離れ離れになってしまったあとで、事故で息子が亡くなってしまう。かなり辛い経験ですよね。

吉永 息子を失ったことは、たぶんどんなに時間が経っても忘れられることではないと思うんです。うちも、私の上のほうの兄が子どもの頃に亡くなっていますが、いくつになっても母はそのことを忘れないですからね。小さい頃はよく、亡くなった兄はこういうふうだったんだ、ということを聞かされました。そういう経験が自分の中に残っていたから、お草の過去をそのようにしたのかもしれません。

 やっぱりその過去は絶対消えることはないし、他人が思うほど簡単に忘れられることでもなかったりするので。だからお草は「いつも良一(お草の息子の名前)が見ている」と意識して、昨日より今日、今日より明日をちょっとましにしようと思って頑張っているんじゃないでしょうか。本当は時間を遡って、息子を助けたいのかもしれません。

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――物語を動かす人って、考えずに無鉄砲に行動する人が多い印象もありますが、お草さんは熟考してから、事がこじれるかもしれないことも覚悟して行動しますよね。そこが大人だなあ、と。

吉永 やはり苦い思いをしている方というのは、全員とは言いませんけれども、人の痛みが分かるし、次は失敗しないようにどうしようかなと多少は考えるようになりますよね。次にこんなことが起きた時にはこうしたいとか、今よりももっとましになりたいというようなことを、思うだけではなくて、必ず行動に移そうと努力するんですよね。うまくいかないこともあるけれど、行動する。そこがお草の立派なところでもあり、危なっかしいところでもあるのかなと。ただ、いつも腹が据わっているわけではありません。

 お草の好きなところは、いつもハートがピチピチしているところというか。その時その時でよく考えるので落ち込むこともあるし、反省することもあるし、元気になることもあるし。そのハートの若さが私は好きです。もういい年だから、他人にどういうふうに見られてもいいと思っていても、徘徊と思われるのはやっぱり辛い。そういうところが好きです。

 周りのお年寄りを見ていても、身体が動くなら若い人以上に何かを熱心にやっていたりしますよね。長く生きられたことを喜びだと思って、社会に貢献したり、自分の時間を楽しんでいたり。身体が不自由になろうと、ちょっと痴呆が出てきたとしても、今を上手に生きている先輩はいっぱいいますよね。そう思うと、いくつになってもハートのみずみずしさがある人はたくさんいるし、素敵だなと思います。お草も70代半ばですが、そういう人たちの代表でもあるのかなと思いますね。

©榎本麻美/文藝春秋

戦後のシングルマザーだったお年寄りの逞しさとかっこよさ

――昨今は年配の方が主人公の“玄冬小説”が注目されているとも言われますが、現代において年配独身女性のロールモデルってなかなかいないなかで、そういう存在としても読めますよね。お仕事小説でもありますし。

吉永 ロールモデルがなかなかいないというのは、若い世代では核家族化が進んで、お年寄りを知る機会が少なくなったせいではないかと思います。私が見てきた上の世代は、戦後の苦しい時期に夫がいなくて1人で子どもを育ててきた人もたくさんいたんですよ。典型的なシングルマザーで、働きながら子どもを5人育ててきた人とか。歯を食いしばっていくつもの仕事をして、貧乏なんて当たり前でみんなで助け合って生きていて。だけど人の家にそんなに入り込んだりしないという、線引きも上手なところがあって。ただ、大らかな時代だったので、地域でも子どもを育てていたから、そこが今とは全然違いますけれど。あのバイタリティーはすごかったですね。余所の家のことまで世話していたり。どれだけの人が助けてくれたのか身に沁みているので、他人のことも1食でも食べさせてやろうという気持ちが、自然にあるんですよね。自分がもらった幸運を、人にもどうにか渡したいという。それが格好いいんですよ。

 別に見た目をどうこうしようなんて全然思わない。着飾ることもなく、子どもを育てるのに必死で、それでも隣近所に落ち込んでいる人がいたらご飯を届けてあげたり、ちょっとお茶飲んで話を聞いてみようとしたりということを、ごく自然にしている人たちをたくさん見てきました。私の祖母なんかは典型的なそのタイプでした。

――家事に関しても、便利なものがない時代なのに。

吉永 そうですね。当然のように畑を耕したり、お店をやったりしながら子どもを育てる、という人がたくさんいました。その力がすごいなと思って。いかに自分がひ弱かと感じます。いくつか問題が起きた時に、このくらいは踏ん張れなきゃと思いますけれど、当時の人たちはその比じゃないですものね。

――そうした強さがお草さんにも反映されているんですね。

吉永 はい。ただ、ここから先は立ち入らない、というあたりがお草さんも手探りですよね。あんまり親密になると、その関係に縛られてしまうところがある。絆というのも両方の意味があるじゃないですか。だからある程度ゆるみがあって、困った時は助けても、そこそこになったらちょっと引くとか。お草はお店でも、自分からはあまり話しかけないほうなのですが。そのへんのお草の距離の取り方みたいなものは、今風なのかなと思います。