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座右の銘は「失敗するのは当たり前、成功すれば男前」

 アドゥワが高校3年の夏。愛媛大会の決勝戦に、これまで息子のプレーをあまり見に来なかったアントニーさんの姿があった。会社を休む事を固辞したが「息子さんの応援に行って下さい」と同僚が仕事の融通をきかせてくれたのだという。

 決勝戦は壮絶な立ち上がりとなった。初回。痛烈なピッチャーライナーがアドゥワの右肩を襲ったのだ。その場で右肩を押さえうずくまるエース。球場は静寂に包まれた。アドゥワは一旦ベンチに下がるも、右肩をグルグル回しながらマウンドに戻ってきた。そのままプレー再開。これまで140㎞を計測していたストレートは120㎞台しか出なくなっていた。明らかにおかしい。それでもアドゥワの表情は一切変わらない。ベンチに引き上げてくる度に荷川取秀明監督が「大丈夫か?」と声をかける。「大丈夫です。行けます」と気丈に答えるアドゥワ。このやり取りが9回まで続いた。

「正直ヤバいと思いました。でも、自分はみんなの気持ちを背負っている。気持ちで投げました」。仲間のため、支えてくれた家族のため、自分の夢のため117球の熱投―。10安打されながらも最後まで気力で投げ抜いた。そして春夏通じ初となる甲子園の切符を手に入れた。

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 その雄姿をスタンドで見た父・アントニーさんは「誠! カッコいい! 誠! 良くやった!」と大きな声でグラウンドの息子に声援を送っていた。「肩が痛かっただろうに本当に良く頑張った。息子を褒めたい。褒めるのは初めてかもしれない」。優しく語る父の目には涙が光っていた。

 アドゥワの精神力の強さはプロに入った今でも見ることができる。例えば4月22日の中日戦。薮田が招いたノーアウト満塁のピンチ。普通の19歳であれば腕が縮み自分のピッチングが出来ない絶体絶命の場面だ。しかしこれまで様々な逆境を乗り越えてきた19歳はこのピンチでも動じない。去年の新人王・京田を三振に仕留め、続くアルモンテをダブルプレー。無失点で切り抜けてみせたのだ。さらに凄いのが、大ピンチを切り抜けた時グラブをポンと一つ叩いただけで、淡々とベンチに引き上げてきたのである。ガッツポーズをしないし雄叫びを上げることもない。一つ一つのプレーに一喜一憂しないのだ。これこそが現在防御率0.60を誇る中継ぎ投手の本当の強さなのだと思う。

 アドゥワには中学時代から大切にしている座右の銘がある。「失敗するのは当たり前、成功すれば男前」。

 プレー中はクールな男に見えるが、グラウンドを離れると愛嬌たっぷりなアドゥワがいかにも好みそうな言葉だ。菊池涼介に登場曲をジェロの「海雪」に変えられるなどチームに溶け込み先輩にイジられ始めているアドゥワ。これからも失敗を恐れぬチャレンジ精神で「男前」なカープのエースに成長してくれることを祈っている。

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