文春オンライン

“蒸気機関車の夜行列車”は「夜も走らせたらどうか」の一言で生まれた? 秩父鉄道の現場スタッフ総出で実現した“奇跡の人気イベント”

夜行列車の郷愁

18時間前

genre : ライフ, 社会,

note

 旅行や出張などで、いまさら夜行列車で行きたいとは思わなくても、あの時の郷愁が懐かしい。もういちど浸りたい。それがいま、各地のローカル線で単純往復するだけの夜行列車が企画され、人気となっている理由だと思う。

黒い車体の造形は夜のほうがわかりやすいかもしれない(筆者撮影)

 秩父鉄道はローカル線とはいえ、沿線には市街地、住宅地も多い。2018年の初運行の時は、あらかじめ各地区の町内会長に連絡し、夜間運行を事前に伝えるなど根回しをしたという。その初運行列車に私も乗った。クリスマスシーズンのためか、列車から見える位置にイルミネーションで飾った家もあって、街から静かな歓迎をうけた気がした。

 秩父鉄道の夜行列車は年に2、3回の貴重なイベントという希少性もあって大人気となった。そして、回を重ねるごとに、蒸気機関車の要望も高まっていく。そして2024年3月16日、ついに実現したというわけだ。

ADVERTISEMENT

後退しながら転車台に載る(筆者撮影)

ローカル鉄道のほとんどの現場社員が総出で夜勤を買って出たことになる

 蒸気機関車は電気機関車に比べて手間がかかる。運転士は2名、彼らとは別の作業員たちが、駅に停車するたびに足回りを点検する。そして折り返し点の三峰口駅は機関車の向きを変え、客車の前後に付け替える。転車台の操作、給水、給炭など、たくさんの人々が関わっている。

 駅員や信号係員などの裏方も含めると、ローカル鉄道のほとんどの現場社員が総出で夜勤を買って出たことになる。めったにできることではない。

 三峰口駅の作業風景を、私は少し離れたプラットホームから見物していた。3月中旬の秩父はかなり寒い。手袋やマフラー無しでは立っていられない。冷え込んだ闇の中、蒸気機関車をいたわり、運行を維持する鉄道員たちの姿。仕事に誇りを持っている人はカッコいい。私は冷たいカメラを冷たい手で持ちながら、ただ感動するばかりだった。

祭の湯は土休日と特定日の翌日限定で6時から9時まで朝風呂を営業する(筆者撮影)
西武鉄道の新型特急「Laview」は2019年3月に運行開始。2019年は5月から令和になった。(筆者撮影)

 すっかり明るくなった熊谷駅で、蒸気機関車付近に乗客たちが集まり、名残惜しそうにシャッターを押している。やがて最後部の客車に電気機関車が連結され、蒸気機関車は後ろ向きで回送されていった。ここから上野東京ラインに乗れば1時間と少しで東京に着く。6時半まで待てば上越新幹線が走り出し、約40分で東京着だ。

 しかし私のオススメは、もういちど秩父鉄道の電車で御花畑駅に行く。所要時間は1時間10分。御花畑駅から徒歩数分で西武秩父駅。この駅に隣接して温泉施設「祭の湯」がある。露天風呂でゆっくりと朝湯を楽しみ、窮屈な姿勢を続けた身体をほぐす。

 帰路は西武秩父駅から特急電車「Laview」で池袋へ。所要時間は約1時間20分だ。昭和のSL列車から令和の特急電車へ。旅情から日常への荒療治。夜行列車の締めくくりはこれがオススメだ。

“蒸気機関車の夜行列車”は「夜も走らせたらどうか」の一言で生まれた? 秩父鉄道の現場スタッフ総出で実現した“奇跡の人気イベント”

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー