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古文書の中に見つけた世界に伝えたい日本人

『無私の日本人』 (磯田道史 著)

2015/06/17

genre : エンタメ, 読書

 なぜ、これほどまでに思いつめたのかというと、やはり、自分に子どもが生まれたということもあったろう。子どもが、いつか読んでくれたら、という思いをこめて書きはじめた。書きながら、この子が大きくなるころには、この国は余程大変なことになっているだろうということが頭について、はなれなかった。これからの日本は物の豊かさにおいて、まわりの国々に追い越されていくかもしれない。だからこそ、この話はつたえておきたいと思った。いきなり大きな話になるが、この十年で、お隣の中国は国内総生産が四倍になった。韓国はあと十数年で日本の一人当たりGDPを追い抜くともいわれている。その頃に、南海トラフでも動いて、太平洋ベルトに大きな津波被害をうければ、国の借金は国内で消化しきれなくなって、高い利子で他国から資金を借りてこなければならなくなるだろう。そうなれば、大陸よりも貧しい日本が、室町時代以来、五百年ぶりにふたたび現れる。そのとき、わたくしたちは、どのようなことどもを子や孫に語り、教えればよいのか。このときこそ、哲学的なことどもを、子どもにきちんと教えなくてはいけない。

 いま東アジアを席巻しているものは、自他を峻別し、他人と競争する社会経済のあり方である。大陸や半島の人々には、元来、これがあっていたのかもしれない。競争の厳しさとひきかえに「経済成長」をやりたい人々の生き方を否定するつもりはない。彼らにもその権利はある。しかし、わたしには、どこかしら、それには入っていけない思いがある。「そこに、ほんとうに、人の幸せがあるのですか」という、立ち止まりが心のなかにあって、どうしても入ってゆけない。この国には、それとはもっとちがった深い哲学がある。しかも、無名のふつうの江戸人に、その哲学が宿っていた。それがこの国に数々の奇跡をおこした。わたしはこのことを誇りに思っている。この国にとってこわいのは、隣より貧しくなることではない。ほんとうにこわいのは、本来、日本人がもっているこのきちんとした確信が失われることである。ここは自分の心に正直に書きたいものを書こうと思い、わたしは筆を走らせた。

 地球上のどこよりも、落とした財布がきちんと戻ってくるこの国。ほんの小さなことのように思えるが、こういうことはGDPの競争よりも、なによりも大切なことではないかと思う。古文書のままでは、きっとわたしの子どもにはわからないから、わたしは史伝を書くことにした。自分がほんとうに、この人物の生涯をみせたいと思った三人のことを記していった。

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