「俺の街、ニューヨーク。ここは世界経済の車輪が止まることなく回り続ける場所だ。比類ない力と目的を秘めたコンクリートで作られたこの大都市は、あらゆるビジネスを突き動かす。マンハッタンは厳しい場所だ。ここは本当のジャングルなんだ。ぼやぼやしていると、この街に飲み込まれ、吐き捨てられてしまうだろう」
「俺の名前は、ドナルド・トランプ。このニューヨークで最大の不動産開発業者で、至る所にビルを所有している」
「けれど、すべてが順風満帆だったわけじゃない。13年前、俺はドツボにはまった。何十億ドルもの借金を抱えた。だが、俺は猛然と戦い、そして大きな勝利を手にしたんだ。そのためには、自分の頭脳や交渉術を駆使した。それらのすべてがうまくいったおかげで、俺の会社は今、以前よりもはるかに大きく、力強くなった」
「俺は今、一緒に働く見習いを探しているところだ」
おもしろければいい娯楽用テレビ番組では、事実確認(ファクトチェック)など働くはずがない。
番組は、トランプが決してニューヨークで最大の不動産開発業者ではないことや、トランプが経営する企業が依然として倒産の危機に瀕している事実には、目をつぶった。
成功した起業家イメージ
番組が成り立つためには、トランプの下で見習いとして働くという褒賞がどれほど魅力的であるのかを描くことが大前提だった。トランプはビジネス界における理知的な大立者であり、生まれついてのリーダーだと描かれている。
それが成り立つためには、出演者の誰一人としてトランプを批判しないことが必要だった。実際の番組では、トランプがいないときでさえ、参加者はトランプへの賞賛を惜しまなかった。こうして、実社会でトランプが引き起こした浮気や離婚による女性問題の醜聞、さらには度重なる企業倒産もきれいさっぱり洗い流される。
トランプの参加者に対する攻撃的な物言いも、番組では、子どもを思う父親の愛情に裏打ちされた叱責へと変換される。なんといっても、トランプは家族思いで、天賦の才能を持ったビジネスマンなのだから。参加者はトランプの意見を、それが否定的なものであっても、ありがたく受け入れる。
忙しい本業の合間を縫って番組に現れるという体裁で出演しているトランプは、いつでも番組をすっぽかすことだってできる。もちろん、1回出演するたびに約10万ドルを手にしていたトランプが、番組の収録をすっぽかすことなど一度もなかったわけだが。
2000万人のアメリカ人が初回の放送を見ると、『アプレンティス』はドル箱番組となった。シーズンの終わりには視聴者数が2700万人に上り、視聴率では全米7位に入った。番組が始まる前、トランプは最初のシーズンだけに出演する予定だったが、以後10年間にわたり出演することになる。アメリカ人の眼底には、テレビに映し出された、成功した起業家然としたトランプのイメージが焼き付けられた。
日本人には、この『アプレンティス』に出演したトランプのイメージが欠落している。『アプレンティス』は、DVDもほとんど流通しておらず、第1シーズンが中古品としてアマゾンなどのネット通販で買えるだけなのだ。