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天安門と言ったら中国の工作員が逃げていく?

古谷 ところで天安門事件って、日本のネトウヨの界隈では中国をバカにするアイコンになっている感じもありますよね。

安田 そうですね。ツイッターで「六四天安門事件」を検索すると、ネトウヨっぽいアカウントが大量に引っかかります。アイコンに日の丸を付けている人とか、プロフィールで「普通の日本人」と書いている人たちですね。

古谷 「天安門と言ったら中国の工作員が逃げていくんだ」「中国人を避けるお守りだ」みたいなことを言う人もいる(笑)。

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『愛国奴』で小説に初挑戦した古谷経衡氏

安田 ネット右翼系の活動家が沖縄に行って、現地の人とやっているらしい「シーサー平和運動センター」という、チャンネル桜(後述)とも近いらしい活動があります。那覇市役所前で反基地運動へのカウンターデモをやっているんですが、現場写真を見たらなぜか「勿忘六四(天安門事件を忘れるな)」というのぼり旗を立てていた。

古谷 え、なんで?

安田 たぶん、彼らの論理だと翁長知事(故人)や沖縄の基地反対派は中国のスパイなんですよ。で、「連中は中国のスパイなんだから『天安門』って言えばビビるに違いない」と。もう、二重か三重ぐらいに、どこからツッコんだらいいのかという話なのですが。

古谷 僕は辺野古にも高江にも、もう何回も何十回も行ってるけど、中国の気配は全然感じたことがないなあ。みんな、成田闘争くずれのおじいちゃんおばあちゃんでしたよ。

安田 オールド左翼のおじいちゃんおばあちゃんにとっての現代中国って、冷戦時代をベースにした彼らの常識からは理解の外にあるせいか、歴史問題で共闘する以外はスルーされることが多いんですけどね。ただ、原発と軍拡が大好きで格差を容認する自称共産党が支配している国家なんか、好きになりようもないでしょう(笑)。

古谷 日本の革新からすると「間違った共産主義」だからね。

ネトウヨ同士の嫉妬と縄張り争い

――先ほど、ネット右翼系のインターネットTV局であるチャンネル桜の話が出ました。こちらの話と、古谷さんの小説『愛国奴』の話に移りましょうか?

安田 古谷さんはデビュー当初はそちらの陣営におられて、後に決別した。そのご経験も踏まえた自伝的小説が『愛国奴』です。いや、これがもう、ポジショントーク的な話は一切抜きで、めちゃくちゃ面白い。チャンネル桜やネット右翼文化人の内在論理とか、当事者しかわからない肌感覚を、小説の形で説明しているわけです。

 ちょっと右寄りの、猫と読書が好きな金髪の兄ちゃんが、右寄りの懸賞論文に応募したら入選してしまった。この主人公の南部君は、見た目もシュッとしてるし喋ることもマトモだったので、いつしか右翼業界の期待の若手みたいになり、ネット右翼系の衛星TV局の常連出演者になる。このTV局「よもぎチャンネル」の内情やそこに集うネット右翼文化人の内情を赤裸々に描いていく話です。

古谷 いわゆるネット右翼系文化人の実態を描いたわけです。言葉では「天皇陛下万歳」「日本が大好き」と言ってるんだけれども、実際の目的は金儲けであって、男同士の嫉妬に狂って足を引っ張り合い、縄張り争いをする。最後にそれが、信者のネット右翼の暴走によって取り返しがつかない事態になり、破滅をしていく……という。

安田 ストーリーの軸になるのは、元歴史研究者で大学の非常勤講師だったのがネット右翼業界に「闇落ち」した波多野譲と、インターネットの大規模掲示板出身で、一度も韓国に行ったことがないのに韓国経済崩壊論を述べて書籍を出した土井賢治という2人のネット右翼文化人です。この界隈をウォッチしている人間であれば、モデルが誰かイメージできなくもない。

古谷 特定のモデルはいませんよ(笑)。さておき、『愛国奴』でモチーフにしたのは筒井康隆の長編小説『大いなる助走』なんですよ。「焼畑文芸」という、世に出たいけれど才能がない作家志望者が集まる架空の文芸サークルから、直木賞候補みたいな人が出る。それに対する嫉妬と、足の引っ張り合いが起きるという話で。それの右翼版を書きたいと思ったんです。最初のころ、編集者に言った構想が「大いなる助走のネトウヨ版で」ですからね(笑)