成功する手前の努力や失敗が知りたかった
――今回の文庫の帯に「私と同じ年の頃、何をしていましたか?」とある通り、巨匠の若かりし頃の話に特化して聞こうと思ったのは?
川村 一般的な対談は成功談を聞くことが多いと思うんですけど、それだと「すごいですね」で終わってしまうじゃないですか。だから、むしろ12人の巨匠が成功する手前の話が聞きたいと思いました。誰でもいきなり巨匠になる人はいないわけで、その前にきっと、努力や失敗がある。「一巡しちゃったかな」「自力になっているのかな」と自分を疑っていた当時の僕には、彼らの修行時代の話を聞きながら勉強する場が必要でした。対談ではありましたけど、12人との時間は実地の学校だったと思うし、大人になると勉強するチャンスがなくなるけれど、僕は働くようになった大人ほど、教育が必要だと思うんです。多くの人が嫌々やらされていた学生時代の勉強と違って、学んだことをすぐに活かす場があるので、ちゃんと実になりますしね。
単一の“仕事術”を説くビジネス書は時代に合わない
――大人が学ぶ教科書という意味では、世の中にビジネス書も数多く存在しますが。
川村 当時から僕なりにいわゆるダイバーシティは感じていて、「会社に所属するorフリーランスでやる」、「一つの仕事をするor複数の仕事をする」、「子供を産むor産まない」、「結婚をするorしない」、「籍を入れるor入れない」、「離婚をするorしない」……と、人生はどんどん多様になっているのに、昔のまま、単一の“仕事術”を説くビジネス書は無理があると感じていました。
実際に12人の人生も見事に多様で、大河ドラマの脚本から降板するという大挫折から北海道に行き着くしかなくて、でも、それがあったから『北の国から』のヒントが見つかった、と話す倉本聰さんみたいな人もいれば、「受容の精神でいつも時代や人からもらっているから、僕にはスランプなんてない」と言い切る篠山紀信さんみたいな人もいる。糸井重里さんは基本的に働きたくないと言い、秋元康さんは寝ないで働けと言う。でも、確かに僕らにしても仕事から逃げたいときもあれば、睡眠時間を削ってでも働きたいときがありますよね。
『仕事。』はそういう意味でそのときどきの自分次第でカスタマイズできる、ある種のビジネス書と言えるのかなと。「今の自分はこの巨匠のこの気分だけど、将来はこの巨匠のこの気分になりたいな」とか、自分でカスタマイズして、自分の生き方や正解を見つけていく本が作れないかなと思っていたことが、今回このように文庫になって、いよいよ多様の時代の真っ只中で抜きん出ようとする読者と共有できることは、素直にうれしいですね。
川村元気/映画プロデューサー、小説家。1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの映画を製作。初小説『世界から猫が消えたなら』は140万部突破のベストセラーとなり、海外各国でも出版。他の小説に『億男』『四月になれば彼女は』、対話集に『仕事。』『理系に学ぶ。』、『超企画会議』など。2018年は佐藤雅彦らと製作した初監督作『どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている』がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出されたほか、公開待機作として自身の原作が佐藤健、高橋一生出演により映画化された『億男』(10月19日公開)、中島哲也監督と『告白』以来8年ぶりのタッグとなる『来る』(12月7日公開)など。
インタビュー&構成/岡田有加
写真/杉山ヒデキ(文藝春秋)