著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、稲泉連さん(ノンフィクション作家)です。
サーカスで働いた理由
母は周囲からいつも、行動が唐突な人だと言われてきたらしい。確かに数年前も突然、「私は那須で暮らすことにした」と言い出し、同世代の知人が共同生活を営む高齢者向けサービス付の住宅地に引っ越していった。何事にも慎重な僕とは違い、物事を決めてからの行動がとにかく早い。その辺りは雑誌ライターやノンフィクション作家として、様々な現場を渡り歩いてきた習性みたいなものなのかもしれない。
少し心配になるのはその「結論」を自ら話すまで、1人息子の僕に対して何の相談もないことだ。でも、「廃校になった小学校で人形劇をするつもりなの」などと夢見るように語る姿を見ると、こちらとしてはもう何も言えない。母が何かを決めたときは、すでに全てが決まっているのだ、と今では思うようにしている。
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source : 文藝春秋 2020年3月号