著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、リシャール・コラスさん(シャネル合同会社会長)です。
母とエリザベス女王
母は父と同じ南仏プロヴァンスのオランジュという小さな町で生まれ育った。幼ななじみのふたりは戦争で離ればなれになったが、数年後にパリで偶然再会。結婚して私と妹が生まれた。
とにかく母はタフ。若いころに病気で片方の肺を失いながら、毎日プールで1キロは泳いでいた記憶がある。
「人に頼らず、自分の人生は自分で切り開く」が口癖。家族で10年過ごしたモロッコでは、お手伝いさんがいたけれど、自分の部屋のベッドメイクや片づけは自分たちでやるようにと、彼女が子供部屋に入ることさえ許さなかった。私の代わりに掃除をしてくれると「やわな男になるからダメ!」と彼女を叱っていた。食事の準備も家族全員一緒に。言葉数は少ないけれど、なにせ愛情深い毋のもと、お手伝いさんも家族の一員だった。私は自然と掃除や料理を手伝うようになり、今でもひととおりの事はできるつもりだ。良き夫と自負している。
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source : 文藝春秋 2020年12月号