コロナと風俗と貧困女子

現実は「ナイナイ岡村発言」より悲惨だった

中村 淳彦 ノンフィクション作家
ニュース 社会
「生きていくため」「大学に通うため」に風俗で働かざるをえない“普通”の女性たちがいる。ナイナイ岡村発言がいかに真実であるか、これまで日本が目を背けてきた現実を、性風俗を中心として女性の貧困を20年以上も取材してきた筆者が紹介する。

岡村発言がいかに真実か

「コロナが終息したら、ものすごく絶対おもしろいことがあるんですよ。美人さんがお嬢(風俗嬢)やります。短時間でお金を稼がないと苦しいですから」

 4月23日放送の「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン」で、岡村隆史(50)はリスナーのハガキに応える形で、こう発言した。この発言により岡村はネットで大炎上、大糾弾され、MCを務めるNHK「チコちゃんに叱られる!」の降板を求める呼びかけまで展開された。

 コロナ禍の最中に「ものすごく絶対おもしろいことがある」と、女性の転落を面白がったことは確かに不謹慎で許されるものではない。しかし、世の中の不景気と、女性が“性”を売るビジネスが密接につながっていることは、紛れもない事実である。

 女性に性を売る決断をさせるのは生活苦だ。収入減や失業などによって、生きていくためのお金が足りなくなると、女性は水商売、性風俗、売春などで働く。それしか選択肢がないからだ。

 筆者は20年以上、性風俗を中心として女性の貧困を取材している。風俗嬢がどのような女性たちなのかをよく知る立場にある。

 現在の風俗嬢は、昭和や平成前期の時代とはまったく違う、普通の女性だらけとなっている。性を売る彼女たちは妻だったり、お母さんだったり、派遣社員だったり、マジメな女子大生だったり、本当に一般的な女性たちが裸になって働いている。正直、先進国とは思えない異常な現実がある。

 この状況は「非正規雇用の拡大=女性の貧困の拡大=性風俗、売春の志願者増」という図式になっている。風俗好きを公言する岡村の「美人さんがお嬢(風俗嬢)やります」という発言は、筆者や風俗関係者や風俗客からすれば常識的な事実だ。

 しかし、世間はこの常識を許さなかった。岡村は、4月30日に放送されたオールナイトニッポンで「たくさんの人たち、特に女性のみなさんに不快感を与えたことについて、心から謝罪させていただきます」と謝罪した。

 本稿では、岡村発言がいかに真実であるか、これまで日本が目を背けてきた現実を紹介したい。

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ナインティナイン岡村氏

「もう風俗をやるしかない」

「4月までセラピストをしていて、いまはデリヘルで働いています」

 待ち合わせ場所にやってきた桜井美奈さん(仮名 29歳)は、童顔でかわいらしい女性だった。デリヘルとは、デリバリーヘルスの略で無店舗型風俗のことをいう。男性客に指定されたラブホテルに出向き、裸になって性的サービスを提供する。行為は本番以外の性的行為全般であり、時間は60分〜120分と長い。なかなか過酷な仕事だ。

 美奈さんは、4月上旬までリラクゼーションサロンのセラピストだった。

「マッサージって密じゃないですか。コロナでお客さんがだんだん来なくなって、4月6日に店から『もう来なくていい』って言われた。家にずっといて時間はあったのでいろいろ悩んだけど、もう風俗をやるしかないかなって」

 勤務するリラクゼーションサロンは新宿にあった。2月末から新型コロナの影響で客が減り、3月の収入は4割減となった。雇用形態は非正規で、報酬は客が支払う60分7000円の50パーセント、それに指名料がつく。セラピスト歴は5年で、コロナショックまでは順調に指名客を増やし、コンスタントに月25万円〜30万円は稼いでいた。

 収入は2月20万円、3月15万円と減った。家賃が月10万円のマンションにひとり暮らしで、毎月末に翌月の家賃が引き落とされる。3月末に家賃を引き落とされてから、生活は苦しくなった。

「3月の収入は15万円だから家賃を払ったら5万円しか残らない。どうしようって感じになりました。4月には戻るだろうと思っていたけど、4月に入って本格的におかしくなって、誰も店に来なくなった。私の出勤もなくなって、店も休業要請で閉まっちゃいました」

 3月30日、都内で感染者が大量に確認されたことで小池百合子都知事は臨時会見を開く。感染爆発の重大局面であることを訴え、「夜間営業の飲食店で感染が疑われる事例が相次いでいる」と発表。4月1日、読売新聞が「歌舞伎町で十数人感染、キャバクラの女性従業員・風俗店関係者ら…実数はさらに多い?」と報道し、歌舞伎町だけでなく新宿から一斉に人が引いた。

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人通りが普段より減った東京・新宿の歌舞伎町

「いつ営業再開するかわからなくて、銀行にあったのは20万円くらい。どうしよう、このままだと4月末に家賃払えないってなりました。3週間くらいどうしよう、どうしようって悩んで。他の仕事をしたくても、こんな状況で仕事ないし、仕事してもお給料が入るのは翌月になっちゃう。日当でお金がもらえる水商売とか風俗しかないってなりました。水商売は休業しているし、自分は年齢的にキャバ嬢は厳しい。選択肢は風俗しかないですよね」

童顔と巨乳を褒められた

 突然、仕事を失った。前触れのない失業から転職できるのは、1カ月以上の生活費の貯金がある者だけだ。月給の仕事だと、転職してもお金を手にできるのは1カ月〜2カ月先となる。転職先の給料日までの生活ができない。外出自粛、休業要請のなかで仕事がないうえに貯金が少なかった。昼職への転職は諦めた。

「4月はなるべくお金を使わないように部屋に籠っていました。4月末に5月分の家賃が引き落とされて残金が1万円くらいになっちゃって、本当に限界だなって。それで、勇気を出して高収入サイトからデリヘルに応募しました。童顔と巨乳を褒められたから、それで採用されたのかな。60分2万円、売り上げの半分がもらえる店です」

 都の要請で営業自粛した風俗店は、吉原などの風俗街とピンサロといった店舗営業が主で、多くのデリヘルは営業を継続した。4月以降、デリヘルには美奈さんのように仕事を失った一般女性や、勤務する店が突然休業した風俗嬢の応募が激増している。

「デリヘルも3月からお客さんが激減だったみたいだけど、新人ってことでお客さんは少しつきました。やることは本番しないだけでセックスです。一応、彼氏はいます。彼氏は飲食チェーンの社員でそもそも低賃金なので頼れない。風俗して彼氏には悪いなとは思うけど、仕方ないです。彼氏には風俗のことは言えないから、別のサロンに移ったって嘘を伝えています」

 この取材をしたのは6月16日、美奈さんがデリヘル嬢になって1カ月ちょっとが経過している。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : ニュース 社会