徹底討論 日米中激突

日本外交最大の危機にどう立ち向かうのか

中西 輝政 京都大学名誉教授
竹中 平蔵 慶應義塾大学名誉教授
呉 軍華 日本総研理事
中林 美恵子 早稲田大学教授
ニュース 国際
菅政権は、日本外交最大の危機にどう立ち向かうか——。4人の有識者が徹底討論!

<この記事のポイント>

▶︎証券界のストラテジストは、バイデンを“アメリカ市場最も弱い大統領”になるのではないかと見ている
▶︎対中政策の視点からみると、トランプ政権は歴史的な変化をもたらした
▶︎日本としては、バイデンに代わったから安心とはとても言い切れない
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(左から)中西氏、竹中氏、呉氏、中林氏

トランプはワシントンの”アマチュア”

 中林 アメリカ大統領選は大接戦の結果、民主党のジョー・バイデン氏に軍配があがりました。これによって2017年から4年間にわたり世界を混乱に陥れたドナルド・トランプ政権には、終止符が打たれます。

 私は1993年から2002年まで、アメリカ上院予算委員会の補佐官として働いた経験があるので、ワシントンの視点からバイデンさんについて語ってみたいと思います。バイデンさんは1972年に上院議員に初当選、長年上院外交委員会のメンバーであり、委員長も務め、もちろんオバマ政権では副大統領も務めています。世界中のトップ、もちろん中国の首脳とも親交が深く、外交の現場を知り尽くしている。政治・外交・安全保障とは無縁の世界で生きてきて、突然大統領になったトランプさんとは、良くも悪くも対照的な人物ですよね。

 竹中 トランプさんが“ビジネスのプロ”なら、バイデンさんは“ワシントンのプロ”ですね。中林さんのおっしゃるように、トランプさんは良くも悪くも“アマチュア”で、だからこそワシントンの常識に捉われない凄みもあった。2021年1月にバイデン政権に移行すれば、政治のプロセスは大きく変わるでしょうね。

 中西 私はヨーロッパの国際関係史を若い頃からやってきたので、そのような視点からアメリカを見がちなのですが、バイデンさんはアイルランド系カトリック教徒の家庭に生まれているんですね。19世紀の半ば、アイルランドで「ジャガイモ飢饉」が起こった際、飢饉を逃れるためにアメリカに移住してきた祖先の血統になるようです。北アイルランドでは、カトリック教徒は少数派で、イギリス人にずいぶん迫害されてきたという歴史がある。それだけ信仰心が非常に厚く、敗者や弱者に対する眼差しは強いものがあると思いますね。

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トランプ米大統領

アメリカ史上最も弱い大統領

  私は中国が専門のエコノミストで、バイデンさんの人物像について皆さんほど詳しくないかもしれませんが……19年の夏にワシントンで民主党系の元中国大使と話す機会がありました。彼はバイデンさんの副大統領時代、当時副主席だった習近平さんとの会談をセットしたらしい。習近平と親交を深めて人物像を探ってほしかったようですが、「最初から最後まで自分のグランパ(祖父)の話ばかりしていた。トランプはけしからんけど、能力的にはバイデンもちょっとね……」って(笑)。

 中西 バイデンさんはたしかにあたりは柔らかい。でも“外柔内剛”の人だと思いますね。目まぐるしく変化する世界情勢に柔軟な対応をするというのが彼の持ち味。それに加え、外交交渉の場では剛腕ぶりも発揮している。特に驚かされたのは、1979年の第2次戦略兵器制限交渉(SALTⅡ)での活躍です。当時まだ36歳の若手議員だったバイデンさんが、追加修正案を認めさせるためにモスクワに乗り込み、百戦錬磨の外交官として恐れられていたアンドレイ・グロムイコ外相と対等に渡り合った。結局この条約は批准されませんでしたが……その活躍は今でも語り継がれている。

 中林 先日、ビル・ブラッドリー元上院議員に電話で話を聞いたのですが、SALTⅡの時のことをお話しになっていて、バイデンさんのことを「凄い交渉力と肝っ玉だ」と高く評価していました。

 中西 私自身はいつも米大統領選では、日米の安全保障のことを考えて共和党を応援しがちなのですが、今回ばかりは違っていて、バイデンさんが勝利して個人的に喜んでいます。ヨーロッパとの関係修復に動くので、日本にとってもプラスです。ただ、手放しに誉めるわけにはいきません。なにしろトランプさんよりさらに4つも年上で、現在は78歳。かなりの御歳ですからいろんな意味で限界はあるでしょう。

 竹中 私も年齢のことは気になります。これは証券界のストラテジストの意見なのですが、バイデンさんは“アメリカ史上最も弱い大統領”になるのではないかと。4年後は82歳ですから、当然2期目はあり得ません。かつ4年の任期のうち、後半の2年はレームダック(死に体)と化すのではないか。では最初の2年で何ができるのかというと、アメリカでは、予算関連は全て議会が握っているので、ほとんど思い通りにできない。バイデンさんは選挙公約で「法人税の引き上げ」「富裕層への課税」を約束していましたが、今の議会では難しいと見られています。そういうことも見越して、いま株価が上がっているという現実もある。以上を踏まえると、大統領の権限を存分に発揮できる「外交」に、相当力を入れてくることになるのでしょう。

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バイデン氏

“ワシントンのお作法”を知り尽くした中国人

 竹中 ここ数日、北京の政府関係者の話を聞くと、「習近平さんの周辺はホッとしている」という見方が多い。やはり中国にとってトランプさんは、非常に大きな攪乱要因だったわけです。高めのボールを突然、しかもレバレッジを効かせて投げてくる。本来、そのような外交スタイルは中国の得意ワザだったはずなのですが、この4年はお株を奪われた形になっていました。

 それが今度はバイデン政権になると、ワシントンのプロらしく、マナーを踏まえた外交スタイルに戻るのではないかと、安心感が広がっているようです。実は中国も政治やビジネスのトップクラスはアメリカ帰りの人が非常に多い。彼らはある意味、“ワシントンのお作法”は知り尽くしていますから、バイデンさんのほうが与しやすいという期待があるのかもしれません。

 加えて実は、中国の方々が最近よく話題に出すのがヘンリー・キッシンジャーさんのことです。彼はニクソン政権で国家安全保障担当の大統領補佐官を務めた米中国交樹立の立役者。最近になってウェブセミナーに頻繁に顔を出して、「米中両国のナンバー2が対話をするべきだ」と米中友好を説いている。中国は歓迎しています。

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習近平中国国家主席

トランプ政権は歴史的な変化をもたらした

 中林 キッシンジャーさんは、公の場に出るタイミングやその方法が本当に上手な方ですよね(笑)。ただ、もう97歳ですし、バイデン政権への影響力はそんなにないと見ていいでしょう。面白いと思ったのは、「第2のキッシンジャー」になると公言していたスーザン・ライスさん(オバマ政権の大統領補佐官)が国務長官の有力候補でしたが、結局、選ばれなかったことです。彼女は中国の「友好人士」。バイデンさんは中国に下手なメッセージを与えるのはまずいと判断したのだと思います。

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source : 文藝春秋 2021年1月号

genre : ニュース 国際