新型コロナウイルスの蔓延は、顧客の価値観や行動を大きく変え、それに対する企業活動にも変革を求めている。つまり、マーケティング戦略も、いつになく大きな岐路に立っているというわけだ。その事実を最もビビッドに感じているのが、CMO、すなわちChief Marketing Officerたちであるに違いない。
第1~3回の好評を受け、2021年4月23日(月)に開催された第4回「CMO Lounge」のテーマは、〈デジタル・カスタマージャーニー ~顧客の心に「想い」を届ける、最先端マーケティング~〉。気鋭の実践者ならびに研究者が、現在必要とされるマーケティングの本質に迫った意義深いセッションの模様を、ここにレポートする。
◆キーノートセッション
顧客心理の洞察に基づくマーケティング
~リアル店舗とオンライン店舗における事例~
早稲田大学 商学学術院 教授
守口剛氏
守口教授は、早稲田大学大学院商学研究科長、日本消費者行動研究学会会長、日本プロモーショナルマーケティング学会会長などを歴任した、マーケティングの泰斗である。この講演では、リアルとオンライン、それぞれの形態の店舗における顧客の心理を洞察した。
リアル店舗におけるリサーチの例としては、カゴ利用比率が与える顧客の購入個数への影響に言及。データ分析の結果、コンビニでは約半数の顧客が1回の買物で1個または2個の商品しか買っていないことが分かった。それは、コンビニにおいてはカゴを利用する顧客が少ないからだと考えられた。そこで、カゴ利用率向上のために、従来の入口のみならず売場にもカゴを配置する実験を実施したところ、売上金額が上がったという。
オンライン店舗に関する同趣向の研究例として、守口教授が世界的権威を持つ学術誌に発表した共同論文から、興味深い実験の結果が紹介された。それは、オンラインショッピングのユーザーが商品をカートに放置した後、購買を促すメッセージをメールやLINEなどで送るとしたら、最も効果的なタイミングはいつなのかという内容。30分後から72時間後まで、8通りの経過時間に関して実験を行ったという。
ここで判明したのは、30分後や1時間後など、放置後あまり時間が経っていない段階でメッセージを送ると、むしろそれを邪魔に感じて購買率が下がってしまうのに対し、ある程度の時間が経ってからメッセージを送れば、リマインドが奏功し購買率は上がるということ。
マーケティングにおけるインサイトの重要性を改めて感じさせるセッションとなった。
◆ゲストセッションⅠ
「場の革命」
『顧客と繋がる場』を基点としたマーケティング戦略
~オイシックス・ラ・大地株式会社の取り組みのご紹介~
オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員COCO(Chief Omni-Channel Officer)
株式会社顧客時間 共同CEO 取締役
奥谷孝司氏
有機農産物などの宅配を手掛けるオイシックス・ラ・大地株式会社、そしてチャネル変革を中心にマーケティングデザインを行う株式会社顧客時間。現在、この2社の要職を兼任する奥谷氏は、株式会社良品計画在籍時に、衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発し定番ヒット商品に育てた功績も有する。
コロナショックが広がる中、世界規模で販売チャネルのデジタルシフトが進んでいる。この状況下における事業モデル変革の成功例として奥谷氏が紹介したのが、アメリカのペロトン。ペロトンの提供するサービスは、ユーザーの自宅などに設置した同社のフィットネス用バイクを使えば、オンデマンド動画による指導を受けてトレーニングを行うことができるというもの。同社の何よりの財産であるカリスマトレーナーでの年収は、時に5000万円を超えるのだそう。ペロトンは、顧客を「起点」ではなく「基点」ととらえる点が素晴らしいと奥谷氏は賞讃する。オンラインでの顧客IDを基点として考えることで、オフラインだけでは成し得なかった顧客体験やマーケティング活動・運営効率化が可能となるのだ。
オイシックス・ラ・大地は、宅配3ブランドで蓄積したサブスクリプションモデルにおける強みを活かし、アライアンスや他社マーケティング支援まで事業領域を拡大。コロナの影響を受けた現在は、ミールキット「Kit Oisix」においてモスバーガーや大戸屋とのコラボを行ったり、人気店の看板メニューを自宅まで届ける「おうちレストラン」といった商品が好評を博している。
DX成功のカギは、顧客中心主義。デジタルを武器として顧客接点に配置できている企業が勝つ。そう結論を掲げ、奥谷氏はセッションを締めくくった。
◆ゲストセッションⅡ
UCCが取り組むD2Cサービス
「My Coffee STYLE」と独自のデータ活用事例
UCC上島珈琲株式会社
マーケティング本部デジタル推進部 部長
染谷清史氏
染谷氏は、株式会社リクルートライフスタイルにおいて「じゃらん」「ホットペッパー」といった新規サービスの立ち上げに関わりそのプロジェクトマネージャーを務め、その後は「ホットペッパー」のCRMグループマネージャーに就任。2018年にUCCホールディングスに移り、その翌年から現在の職務に当たっている。
UCCが提供する「My COFFEE STYLE」は、ECと店舗の2チャネルを通じて個々の嗜好に合わせたコーヒーを提案するO2Oサービスである。
その店舗である「COFFEE STYLE UCC」は、現在、横浜・吉祥寺・下北沢の3店を展開。さまざまな形で、新しいコーヒー体験を提供している。店舗でこのサービスを知り、LINE友達になると、ポイントカード、味覚診断、ECでのショッピングなどのコンテンツを利用することができる。お店で飲んだコーヒーの感想を登録することで自分の嗜好性を把握する「My COFFEE マップ」は、コーヒー好きにとっては実用的だ。ここで記録された好みに合わせたコーヒーが毎月届くサブスクリプションサービス「My COFFEE お届け便」も用意されているので、まさにかゆいところに手が届くシステムなのだ。
来店を機にLINE登録を行った顧客は、ブロック率が低いというから、まさにオフライン体験の重要性を物語っている。そして、蓄積したデータから分かったことは、「女性は午前から午後にかけてコーヒーをよく飲む」「男性は夜の飲用が女性よりも多い」「“朝の一杯”は40代以上の高齢層で増える」など。
オンラインとオフラインをシームレスにつなげたその試みからは、学ぶものが大変多い。
◆ディスカッション
掉尾を飾ったのは、登壇者全員によるディスカッション。ここまでの3セッションを踏まえたカスタマージャーニー談議が展開された。
進行を務めた文藝春秋digital プロジェクトマネージャー 村井 弦
コロナ禍の現在において求められる対応について、早大・守口教授は日本史上の出来事を引き合いに出して説明した。「江戸時代は大火事が多く、約250年の間に50回ほど、つまり5年に1回の頻度で街を襲っていた。これは、現代における予想の難しい災厄、NY同時多発テロ、リーマンショック、東日本大震災などが起きたペースに近い。江戸の商人が炎から逃げ出す時に真っ先に持ち出したのが、顧客台帳だった。つまり、充実したデータベースの構築は、非常時において特に役立つということ」
オイシックス・ラ・大地の奥谷氏は、顧客接点の強化策について語った。「買い物をするに当たって不自由がつきまとうコロナ下の今こそ、『自分はスマートショッパーである』というフィーリングを顧客に感じさせることが求められる。単にユーティリティの高さを競うだけのお得な買い物ではなく、ユーザーごとに異なる自分なりのスマートな買い物、それを提案していくのが、これからのマーケターの課題だ」
UCC上島珈琲の染谷氏は、サブスクリプションの試みから得た知見を披露した。「デジタル系のサブスクとモノ系のサブスクでは、ビジネス構造と、利益率が全く違う。モノ系は商品自体を届けなければならないので、利益率のグラフが描き出すカーブはデジタル系ほど極端には曲がらない。一方で、モノ系はユーザーのアカウントを獲得すればするほど、受注が読みやすくなる。どこまで投資のアクセスを踏めるか、利益が出るまで我慢できるか、その判断を求められるのが、サブスクというものの難しさだ」
新たな時代に果敢に挑む開拓者たちの言葉は、並々ならぬ実感に満ちていた。
2021年4月23日 文藝春秋にて開催 撮影/今井知佑
source : 文藝春秋 メディア事業局