文藝春秋カンファレンス「『デジタル革命前夜』~経営環境の変化をデジタルで切り拓く、「ゲームチェンジャー」の実践知~」が8月26日(木)、オンラインで開催された。
「DXによるビジネス拡大とコスト増への対応」「未来を見据えた仮設の実行とイノベーションの実践」「変化に強い経営基盤の構築」など、さまざまな視点から考察した。
♦基調講演
「ゲーム・チェンジャーの競争戦略」
~新しい売り方を創る、新しいサービスを生み出す、モノを欲しがらない時代の発想法
早稲田大学ビジネススクール
教授
内田 和成氏
「ゲーム・チェンジャーの競争戦略」の著者で、早稲田大学ビジネススクールの内田和成氏はコロナ危機で、これまでの競争ルールが一変するゲームチェンジが加速しているとして「今は“戦時”であり、明日は何が起こるか分からない。ビジネスパーソンならば、未来は予測するものではなく、自ら創り出すものだという気概を持って欲しい」と語り始めた。
コロナ危機下の経営リーダーがやるべきことは2つある。危機を乗り越えて生き残ること、そして危機の収束後にどのような会社になるかを考えることだ。たとえば、高級レストランがコロナ禍でテイクアウトを始める時、生き残りのためには、競合する弁当屋などに対抗して価格を抑えるなど収益を上げる手段を考える。一方、アフターコロナでは飲食客は以前の状態に戻らないと考えるなら、テイクアウトは次の収益の柱だ。長く顧客から支持されるため、冷めてもおいしい商品を開発することも必要になる。「大切なのは、変化にいち早く気付き、対応し、イノベーションを起こすこと」と訴える。
イノベーションは、テクノロジー、社会構造、顧客心理の3つの変化が関わる。中でも重要なのは社会構造と顧客心理の変化だ。日本の社会構造は世帯当たり人口が減少し、夫婦と子ども2人計4人の標準世帯は過去のものとなり、1人世帯が増えている。コンビニエンスストアがスーパーを上回る勢いがあったのは、少人数世帯への対応力の差だ。車が売れず、消費者心理は所有から利用にシフトする。フリマサイトは、使いたい時に購入し、使い終われば売却することで、若者を中心としたニーズに対応する。「変化に対応したイノベーションが、ビジネスチャンスになる」と述べた。
変化にいち早く気付くため、データの活用、デジタルトランスフォーメーションへの期待は高まる。だが、データに頼ってばかりでは「そこから読み取れることは、どうしても他社と似通ってしまう。着手が遅ければ、後塵を拝するだけ」として、「経験に基づく肌感覚」が、早い気付きには大切と強調。その上で「So What(だから何なのか、何をすればいいか)をドリルダウン(深掘り)する姿勢でデータに接するべきだ」と述べた。
最後に「アフターコロナの新しい社会、ビジネスをどう作るかを考えて欲しい」と訴え、マルセル・プルーストの「本当の発見の旅とは、新しい土地を探すことではなく、新しい目で見ることだ」という言葉で締めくくった。
♦実践講演
「戦略的事業を支えるデジタルトランスフォーメーションの進め方」
~急成長するBPO事業を支える変化追随型リアルタイム経営基盤とは?~
パーソルテンプスタッフ株式会社
BPO領域事業管理本部本部長
上原加寿子氏
BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を担当するパーソルテンプスタッフの上原加寿子氏は、データ・ドリブンによる戦略的な事業管理に向けたDX推進の取り組みを紹介した。
同社は、リーマンショック後の2010年、人材派遣事業に次ぐ収益の柱とするためにBPO専門部署を立ち上げた。当初は10人余りでのスタートだったが、企業の総務・人事・経理業務や、自治体の窓口受付業務などの委託を受け、この約10年で売上を5倍に拡大。受託しているプロジェクト数は2000件を超えている。これまで、ERP(基幹)システムは人材派遣事業向けに構築されたものを使っていたため、手作業が必要となる業務も多く、業容拡大に伴ってBPO事業用の基幹システム導入を決断した。
業務プロセスの標準化を念頭に、パッケージシステムを導入する方向で、意思決定につながるデータ分析機能、ユーザビリティなどを検討。システムの成熟度が高く、ベストプラクティスの業務プロセスを備えているとしてオラクルの「Oracle Fusion Cloud ERP」を選定した。
導入プロジェクトは、昨年4月に開始。コロナ下でフルリモート環境となったが、「オラクルのコンサルタントの的確なサポート、アドバイスで、予想以上にスムーズに」進行。約1年後の今年4月、運用開始にこぎ着けた。
表計算ソフトを使った手作業の集計などもなくなり、業務負荷は軽減した。ワークフローによる内部統制機能を強化できたことで、見積り時と実際の運用コストとの間に差が生じるリスクも改善。採算状況をリアルタイムで可視化できるようにしたことで、実績が予算からかい離しても素早く対策を打てるようになった。また、属人的なプロジェクト管理を標準プロセスに一元化したことで、リソース配分をより適正化できるようになり、サービス品質の安定につながる、と期待している。
システムの定着に向けては、教育担当の「エヴァンジェリスト」を開発当初から社内で育成して各部署に配置した。システム導入からまだ間もないため、社員のリテラシーには依然、ばらつきもあるが「良いスタートが切れたと思う」と手応えを語る。データの可視化・分析の実現で、これまで以上の精度が業務に求められる難しさはあるが、「会社としてステップアップするために不可欠と受け止め、未来予測の実現へ進化を続けたい」と語った。
♦課題解決講演
「変化に強い!未来を支えるデジタル経営基盤の在り方」
~企業の変革を推進するクラウド型ERPの勝ちとは?~
日本オラクル株式会社
クラウド・アプリケーション事業統括 EPMソリューション部
山田 康雄氏
DX(デジタル・トランスフォーメーション)には、攻めと守りがある。新たな顧客価値の提供、新規ビジネス創出を目指す「攻め」を行うには、まずバックオフィスの効率化など「守り」を固め、攻める余力を生み出さなければならない。日本オラクルの山田康雄氏は、最新のクラウド型ERP(基幹システム)のメリットや、同社自身が取り組むDXの効果について紹介した。
ERPは、自社の要件に合わせたスクラッチ開発から、標準化を基本としたクラウド型の導入が主流になってきている。クラウドのメリットは、ベンダーがメンテナンスを担うので、保守の要員確保や手間が不要になる上、アップデートで最新技術を簡単に取り入れられるといったことがある。
クラウド型ERPでバックオフィスは、一段とスマートになる。領収書をスマートフォンでスキャンすると、例えば「接待交際費でいいですか」と尋ねてくる音声チャットボットに「それでお願い」と答えるだけで経費精算が済む。「タッチレス取引」などにより業務は自動化され、紙での書類のやりとりをなくし、いつでも、どこでも業務が可能なワークスタイルが実現する。経理は、過去の情報をまとめることから、現在の状況をリアルタイムに把握し、例えば、「プレディクティブ・プランニング」といった機能を活用し、将来を予測することに注力していく。今後はさらにAIによる予測機能も近く搭載される予定で、経理の仕事も変わってくるであろう。オラクルは、数多くのユーザーの業務プロセス情報の蓄積から、ベストプラクティスを定義しており、標準化を推し進め、システムが事業の成長の足かせにならない最適なソリューションを活用できることも、大きな強みだ。
オラクル社自身も2012年からクラウド化を推進。リアルタイムの業績データを経営ダッシュボードに表示するようにしたことで、業績の説明が不要になり、経営会議は、戦略の議論を深められるようになった。データ収集作業に追われていた財務部門の仕事もデータ分析にシフト。今後はさらに「分析自動化で、戦略的アクション立案の支援がメインになるというゲームチェンジが起きる」と話す。
最後に、「CFOの未来像」のイメージビデオを上映した。音声でシステムとやりとりしながら、企業買収の入札価格の財務インパクトを即座に見極め、経営会議に説明、了承を得るというストーリー。山田氏は「既に実現できる技術はほぼ出そろっている。未来はすぐ近くまで来ている」と語った。
♦未来考察ディスカッション
デジタル革命前夜
~ゲームチェンジャー、イノベーターの実践知~
株式会社出前館
取締役COO
藤原彰二氏
パーソルテンプスタッフ株式会社
BPO領域事業管理部部長
吉野基氏
日本オラクル株式会社
クラウド・アプリケーション事業統括
ERPクラウド事業本部流通・メディア・サービス営業本部営業本部長
藤田晋嗣氏
ディスカッションでは、国内最大級の出前注文サイトを運営する出前館の藤原彰二氏、実践講演を行った上原氏と共にBPO事業の基盤システム導入プロジェクトを進めたパーソルテンプスタッフ(以下、パーソル)の吉野基氏の両氏が、DX推進の当事者として登壇。パーソルにクラウド型基盤システムを提供、導入支援をした日本オラクルの藤田晋嗣氏を交えて、これからのDXの展望や、推進体制のあり方などを語り合った。
出前館が進めるDX
最初に、出前館の藤原氏がDXの取り組みを紹介した。同社は1999年に設立。当初は、チラシが家になくても、デリバリーする店やメニューをオンラインで見られるようにして、電話で注文を受けるところから始まった。15年ごろからスマホアプリが普及してリアルタイム化が進むと、店側が繁忙時に受注を一時的に止めたり、ユーザーが正確な配達予定時刻を知ったりできるようになった。「DXの基本は見える化。そしてリアルタイム化による効率や利便性の向上だ」。今後は、加盟店をデリバリー以外のテイクアウト、イートインなどでもサポートするフードテック事業を深掘りする「縦の戦略」と、コンビニエンスストアなどと連携するローカルのネットコマース事業で日用品などに幅を広げる「横の戦略」を構想する。
縦の戦略では、デリバリーやネットコンビニの客、スーパーの客、テイクアウトの客、イートインの客は、同じ食品が商材でも、カスタマージャーニー、プレイヤーとなる店は、それぞれ異なる。そのため、データの統合が難しいという課題があったが、出前館のユーザーIDなら統合は可能だ。藤原氏は「出前館のDXは顧客をID化すること」と定義。顧客基盤に集約したデータでニーズを把握し、顧客当たりの売上の最大化を図る。
また、出前館のようなモール型ECでは、モール側が顧客管理をしているが、今後は、モールに出店する店が、自社ECサイトを構築して独自に顧客管理を行い、リピーター獲得などにつなげたいというニーズが高まると予想。出前館が、各店舗の自前サイト構築を支援して「加盟店のDXをサポートする事業も展開したい」と語った。
DXの展望、課題についてのディスカッション
最初のディスカッションのテーマは、新規事業創出やバックオフィス改革に向けたDXの展望。出前館は、市場調査でターゲットやビジネスチャンスを把握し、会員情報の分析データを使ってサービスを考えてきた。藤原氏は「データの説明が最初にあるべき」と話す。パーソルは、BPO事業で、顧客企業によって内容が多様な業務の設計にデータを活用する。吉野氏は「まずは、設計のリードタイム短縮や、受託業務の品質向上にデータを役立てるDXに取り組む」とした。オラクルの藤田氏は「社会やライフスタイルの激しい変化にキャッチアップして、事業展開に役立てることがDXの本質。流通や小売など消費者に近い領域の事業は顧客動向の把握が特に重要になる」と指摘。また、遅れていたバックオフィス業務のDXの引き合いも増えているとして、今後のDXの加速に期待した。
次は、DX成功のカギを握るゲームチェンジャーなど、突破力のある人材の育成や、組織の壁の打破といった推進体制がテーマ。出前館は「イノベーティブな発想をする若手」の抜擢人事を実施。評価制度も減点方式を止めて、評価カリブレーション(相対調整)を採用した。藤原氏は「同じ等級の社員同士が競い、アピールし合うため、チャレンジを促せる」とした。パーソルは、グループで各事業の戦略にひも付けた投資枠を設け「投資がなければ成長はない」ことを明確にする。吉野氏は「投資枠がチャレンジを促す。後は、ゴールを明確に示し、信頼されるリーダーが大切だ」と語った。オラクルの藤田氏は、経営指標を見てリスクをヘッジしながら、利益を積極的に投資に振り向ける経営判断が重要と強調。「DXは1人で考えても答えは出ない」として、他部門や社外のベンダーらとの対話を促した。
最後のテーマはアフターコロナへの備え。出前館は昨年、LINEと資本業務提携を締結。競争力に直結する配達員のプラットフォームを内製化するなどシステム投資を強化する。藤原氏は「優先順位を定めて集中的に投資することが大事」とした。パーソルは、新基幹システムを導入した今春から、アジャイルでトライ&エラーを重ね、新システムで実現可能なことを見定める。吉野氏は「小さなことにスピーディーに取り組むことが大事」と語った。
オラクルは「真実のデータは1カ所にしかない」という発想のアーキテクチャ「シングル・データモデル」をクラウドシステムに実装。会計やサプライチェーンの動きをリアルタイムに可視化して、軌道修正の機会の早期発見につなげて、事業リスクを抑えるソリューションを進める。藤田氏は「データを使った将来予測が他社に一歩先んじることにつながる」と述べ、AI(人工知能)や対話型BI(データ分析・可視化ツール)などの最新テクノロジーを、いち早く使えるクラウドシステムによるDX推進を訴えた。
2021年8月26日 文藝春秋にて開催 撮影/今井 知佑
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。
source : 文藝春秋 メディア事業局