散骨、家族間対立、後継団体……事件は終わっていない
「あぁ、松本智津夫だ。そうか、彼は松本として死にたかったんだ」
東京拘置所で棺に入っている彼の顔を見たとき、最初に感じたのは、そんなことでした。宗教団体オウム真理教の教祖・麻原彰晃でも、法廷で裁きを受ける被告人でもなく、松本智津夫という一人の人間の遺体でした。文字どおりそう認識して、これで信者たちに、「もう麻原はいなくなった」と伝えられる、とも思いましたね。
その後でなぜか、私も一度訪れたことのある、松本が生まれ育った熊本県の球磨川の風景が浮かびました。そして私の友人であり、私がオウムと闘うきっかけになった坂本(堤弁護士)の顔が出てきました。オウム真理教に殺された彼はいま、何を思っているのだろうと。
地下鉄サリン事件から23年。7月6日金曜日、オウム真理教による一連の事件で死刑判決を受けていた、教団元代表の麻原彰晃こと松本智津夫と、元幹部ら合計7人の刑が執行された。7月26日には、残された6人の刑も執行された。
滝本太郎弁護士(61)は、1989年の坂本弁護士一家失踪事件からオウムに関わってきた。信者の脱会カウンセリングも行い、教団に命も狙われた。現在は家族と離れて暮らす松本の四女の代理人を務める。約30年にわたり教団と対峙してきた滝本氏を、突き動かしたものは何だったのか。
四女も驚いた電話の中身
「ついにこの日が来たか」と感じたのは、オウム真理教家族の会の会長・永岡弘行さんの奥さんからの電話でした。7月6日の朝7時、永岡さんがテレビ局の迎えの車に乗り込んだことを知らせてくれたのです。
数カ月前から「そろそろかな」とは、感じていました。今年3月、オウム真理教による一連の事件に関わる13人の死刑囚のうち7人を、別の拘置所に分散させていましたから。死刑執行は金曜日のことが多いので、金曜日だけは法廷の予定を入れないようにしていました。
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source : 文藝春秋 2018年09月号