「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」など数々のテレビドラマを世に送り出してきた脚本家の橋田壽賀子(1925~2021)。その隣にはいつも、橋田を「ママ」と呼び慕う泉ピン子氏の姿があった。
泉さん
ママは100歳まで生きると思っていたのになあ。亡くなる1週間くらい前、「もう誰のこともわからないと思います」とお手伝いさんに言われ、覚悟して病室へ入りました。でも、「だーれだ?」って声をかけたら、「ピン子」って言うの。ちょっと頬をゆるめて、おしゃべりもした。みんな、「そろそろかもしれない」なんて言うけれど、ママのどこがおかしいの? 全然おかしくないじゃないって腹立たしくて。
好奇心が旺盛で、世界遺産を見て回るのが好きだった。いつも「飛鳥Ⅱ」に乗って、3カ月くらいクルーズの旅に出るの。「ピン子、世界行こう」ってよく誘われたけど、私はなかなか3カ月も休めないから渋ると、「もう最後になるかもしれないから」なんて言うのよ。「嘘よ、何回それ言うの。ギャラくれるならいいけど」って言ったら、「じゃあ来なくていい」。喧嘩ばかりしていました。
「渡鬼」のときもそう。セリフがあんまり長くて覚えられないから、「長い間ありがとうございました」って言ったら、「もう、あんたとは絶交」って。「絶交だ!? 上等だよ」と思って、半年間くらい電話にも一切出なかった。それまで30年以上、毎日電話してたのにね。そうしたら、さすがのママも焦ったみたいで、TBSの人から「先生が謝っています」と連絡をもらいました(笑)。
ママがこの世に遺していったものはお金や名誉じゃなく、やっぱり数々の作品だと思う。「おしん」なんて60カ国以上で放送されて、世界中から愛されている。私はおしんの母親役で出演していたから、ママとクルーズに行くとよく、乗り合わせた海外の方から「おしんマザー!」と声をかけられました。「あんたはいいわよね、映ってるから。書いているのは私なのに」って、ママはいつもふてくされてたけど(笑)。
「おしん」の再放送をたまたま2人で観たときは、たがいに自画自賛。「私の芝居、よかったなぁ」「いやあ、台本がよかったね」って。「あんたの芝居、いまはよくないよ」とか言われながら一緒に笑ったな。
悩んだときはママが“相談所”になってくれていたから、これからどうしろっていうのよねぇ。
「決して、一流になろうだなんて邪な考えを持っちゃいけないよ。二流でいなさい。そうすれば、一流を目指してがんばれるから」。ママはよくそう言っていました。「私は二流。だからあんたも二流でいなさい。その方が疲れないよ」と。
橋田壽賀子
私は三流だけど、2019年に旭日小綬章をもらったときにはママが泣いていた、とあとから人づてに聞きました。「本当に、あの子はよくがんばった」って。「おしん」がなければ、私の俳優人生は始まってもいなかった。ママにお返しができたのは、それだけかな。
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source : 文藝春秋 2022年1月号