劇画『空手バカ一代』のモデルであり、国際空手道連盟極真会館の創始者でもある大山倍達(1923~1994)。彼を“人生の師”と仰ぎ、死後、遺言指名によって極真会館館長となった松井章奎氏が知られざる逸話を語る。
松井氏
『空手バカ一代』で初めて、素手で牛を倒す場面などを読んで「こんな人本当にいるのかな」と子供心に衝撃を受けました。後に劇画はかなり脚色されていたと知りましたが、実際の大山先生の人生はそれ以上の波乱に満ちていたと思います。
先生は、青年時代に、政治家に憧れていて、日韓併合時代の朝鮮から“アジアは一体”という高い志を持って来日し(極真会館設立後に帰化)一時は大東亜共栄圏の思想に傾倒したとも聞いています。祖国が分裂し、共産主義の台頭もあった。混沌とした時代を生き抜くため自らを鍛え、空手道を究め、結果的に極真会館創設へとつながったんです。
大山倍達
ある日、先生が懇意にしていた方の子息に10円玉を指で曲げる神業を見せたことがあったそうです。それを見た彼は弟子入りを志願したのですが、先生は「坊や、君は空手なんかやらなくてもいい。大きくなったら私のような男を使う男になれ」と諭したそうです。“腕力ではない、社会的な強さを持て”と伝えたかったのでしょう。先生が創設した極真会館も、空手道の普及を通じて社会体育として国際的に広がりを持たせる、との理念を持っていたからこそ、冠にわざわざ「国際空手道連盟」と付けたのだと思います。
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source : 文藝春秋 2022年1月号