ロジャーズ氏
日本が抱える長期債務残高
私の愛する日本は、一体どうなってしまうのでしょうか。このままでは日本経済は崩壊してしまう。その元凶は、少子高齢化、多額の財政赤字……日本の多くの方がすでに認識している問題です。30年、50年後の日本を想像するや暗澹たる気持ちになります。
10年以上前から私は日本経済の問題点をずっと指摘してきました。ところが、政治家や官僚はこれらの問題を解決するどころか、先送りし悪化させてきたのです。
1969年、ジョージ・ソロス氏と共に、クォンタム・ファンドを設立したジム・ロジャーズ氏(79)は、10年で4200%という驚異的なリターンをたたき出した、伝説の投資家として知られる。37歳で引退すると、コロンビア大学で教鞭をとる傍ら、コメンテーターとして活発に持論を発信。来日経験が豊富で親日家であるロジャーズ氏は、これまでも日本経済について警鐘を鳴らしてきた。
これまで日本の政治家は、無駄な公共事業を続けて財政赤字を膨らませてきました。こうした公共工事は、地元有権者のご機嫌をとる以外、何のメリットもないばかりか、日本の状況を悪化させてきた。
日本が抱える長期債務残高は2021年度末の予算によると、国だけでも1000兆円を超える。その後も年々、恐ろしいペースで借金を増やし、プライマリーバランスの黒字化もできず、日本は借金を返すために公債を発行する悪循環から抜け出せないでいます。
その場しのぎの金融緩和
その悪循環をさらに悪化させたのが、アベノミクスの金融緩和です。
日本政府は好きなだけ国債を発行し、日銀が国債や投資信託を買い続けてきました。やがて日本の財政破綻の可能性が高まり国債が買われなくなれば、日本政府は金利を引き上げざるを得ない。そうすると、日本は高金利によってさらに膨らんだ莫大な借金を抱えることになる。その場しのぎの弥縫策が、日本経済を破滅に追いやろうとしているのです。
さらに2016年、日銀は、「金融緩和強化のための新しい枠組み」として指定した利回りで国債を無制限で買い入れることを決めました。これは事実上、紙幣を無制限に刷るということです。
現在の為替レートは、1ドル140円にも迫る勢いですが、今後さらに円安は進むはずです。私からしてみれば、むしろよくぞ今まで、円安にならずに来たと思うくらいです。
歴史的にみて、財政に問題を抱えた国の自国通貨はすべて値下がりしてきました。20年前のイギリスは、1ドル=0.6ポンドのレートでしたが、今は1ドル=0.8ポンドまでポンド安が進行しています。
また自国通貨の価値を下げて、中長期的に経済成長を遂げた国は存在しません。第二次大戦後、日本が高度経済成長を遂げられたのは、高品質な商品を輸出し、巨額の貿易黒字とし、世界最大規模の外貨準備高を有したからです。
たとえば自動車産業。日本は、1980年には生産量で米国を凌駕し、1986年には米国で販売される台数の約4分の1を供給するようになりました。
日本が高品質を武器とする一方で、対する米国は金融緩和政策を実行していました。ドルの価値を下げることによって、車が売れるに違いないと考えたわけです。ところが米国車が売れるどころか、円高によって日本のメーカーが海外から原材料を輸入しやすくなるなど、日本メーカーの成長を後押しすることになった。
たとえば同じタイプの車が日本とアメリカのメーカーから1万ドルで販売されているとします。そこで1ドルが100円から70円に3割下がれば、日本車は1万4000ドルに強制的に値上げさせられる。ところが、通貨の価値が下がれば、米国のメーカーにとっても原材料などの輸入コストは上がる。となると、米国メーカーも国内で1万ドルでは販売できず、値上げを余儀なくされます。
そして何が起きたのか。政府に甘やかされた米国のメーカーは日本の品質に太刀打ちできない企業体質となり、その結果、自動車競争に敗れてしまいました。
この当時のアメリカのように、いまの日本政府と日銀はアベノミクスで紙幣を刷り続けることによって、日本経済を救済しようとしています。とんでもない過ちです。
日銀の黒田総裁
若者がツケを払わされる
「アベノミクスによって株価が上がったじゃないか」と反論する人がいるかもしれません。
もちろん金融緩和をすれば短期的に株価が上がることは明白です。私も日本株に投資しましたよ。日銀が紙幣を刷りまくって、そのお金で日本株や日本国債を買いまくれば、株価が上がる。
2018年、私は日本株を全て手放すと、今度はETF(上場投資信託)を買いました。ETFとは日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)などの指数に連動する投資信託です。私よりもお金持ちである日銀が「もっとお金を刷ってETFを買う」と宣言するのですから、一緒に買わない理由がありません。ただETFを手放すべき時期も近づいてきたように思えます。
そもそも経済の状況は、株価と切り離して考えるべきなのです。
アベノミクスによる株価の上昇によって日本の人々の生活は豊かになったでしょうか。
株価の上昇と引き換えに、日本円の価値は下がり続けてきました。資源が乏しい日本はあらゆる原材料を輸入に頼っています。コスト上昇から物価は上がり始めていますが、今後、高齢者や若者は深刻な苦しみを味わうことになります。アベノミクスの金融緩和から恩恵を享受したのはほんの一握りのトレーダーや大企業だけなのです。
アベノミクスの第二の矢と呼ばれる財政出動も正気の沙汰ではありません。「日本経済を破綻させる」と宣言したに等しい政策です。先進国で最悪レベルの財政赤字を抱え、国の借金が増え続ける中で、さらに無駄な公共事業に公費を費やすというのですから。
深刻な財政赤字を見てみないふりをする政治家たち。彼らは日本が借金を返す局面で自分はこの世にいないと逃げ切るつもりなのでしょう。そのツケを払うのは日本の若者にほかなりません。
岸田政権になっても、こうした大枠の方針は変わっていないようです。いや、ここにきて防衛費を増加させようと、議論が始まっているらしいじゃないですか。私からすれば、借金まみれの状態から国を守る方が先ではないかと思いますが……。このままでは将来ある若者がどんどん海外に出てしまい、日本に留まりたいと思う理由はなくなるでしょう。
アベノミクスの弊害が……
なぜ移民を受け入れないのか
そもそも日本社会は、深刻な問題を抱えています。その1つが少子高齢化、つまり人口減です。
2011年から日本の人口は減少に転じました。日本は、出生率が世界で最も低い国のひとつであり、国民年齢の中央値が世界で最も高い。この数字を冷静に分析すると、このままでは21世紀の終わりを待たずして日本の人口は半分になります。
人口減少は経済にとって致命的なリスクです。労働力の減少だけでなく、国内需要の減少という側面から考えても、日本経済に深刻なダメージを与えます。
また税金や社会保障費を負担する人の数も減少する。一方で、高齢化が進み、政府債務もロケット花火のような急上昇を遂げています。国の借金は6年連続で最高額を更新し続け、2022年3月末には過去最大の1241兆円となりました。新生児から後期高齢者まで、国民1人当たりの借金は1000万円を突破しました。
現在の日本の人口を維持するには、女性1人あたり2.1人の子供を生む必要があるとされています。日本政府もあの手この手で子作りへのインセンティブを高めようとしていますが、うまくいきません。
自然な人口増が難しければ、外国から移民を受け入れる他にない。ところが、日本国民、政府は移民の受け入れに及び腰です。
本来であれば、生活水準の低下を受け入れるしかないのですが、今の日本は、将来の若者から借金しながら生活水準を維持している状況です。しかしこれは持続可能な社会とは呼べません。
「移民はいらない」。そう宣言する国家が衰退するのは歴史が証明しています。移民が増えると、少子化対策や労働人口の増加だけでなく、経済に新たなメリットがある。移民として海外に出る多くの人は、ハングリーでフロンティア精神を持っている。移民を受け入れれば国に活気が生まれるし、移民を対象にした不動産、教育、飲食など、新たなビジネスも生まれるはずです。
ただ、一方で、移民の受け入れ態勢作りは難しく、一歩間違えば深刻な社会問題になる危険性がある。私が住むシンガポールでは、短期間に多くの移民が流入したため、人口の年齢構成がアンバランスになり、受け入れを制限しています。1度に多くの移民を受け入れることなく、学校などで外国人の受け入れをはじめ、日本人を外国人に慣れさせるとともに、人数を制限しながら、確実に移民を増やし続けていくことが必要です。
世界一のクオリティを誇れ
もし私が日本の首相に助言する立場にあるならば――。
まず支出の削減と減税、それから人口増加のためにできる限りの手を尽くすべきだと進言します。
支出をカットすると票が逃げる、そう日本政府は思っているのでしょう。それでは票を税金で買っているのと同じです。
もし私が首相だったら、斧ではなくチェーンソーのごとく、一気に無駄な出費を削ります。社会保障費や公務員の人件費など、あらゆるものが削減の対象ですが、最初に手を付けるのは防衛費の削減です。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2022年10月号