今現在のヨーロッパの空は、統治不能という名の雲におおわれている。3党派の乱立で2週間後に迫った総選挙の結果が皆目わからないイタリアは言うにおよばず、ヨーロッパのリーダー格で国民のまじめさでも折り紙つきのドイツでさえも、ここ4カ月というもの政権不在がつづいている。総選挙で議席の過半数を獲得できた党がなかったからだが、それでも第一党の地位は得ていたメルケルは、始めのうちは小連立で切り抜けようとしたが失敗する。相手の自由民主党が、コールと組んでいたゲンシャーが率いていた頃の党とは、これで自由を党名にするのかと思うほどに様変わりしていたからだ。やむなくメルケルは、シュルツ率いる社民党との大連立に賭ける。ところがこれまた社民党のほうも、シュレイダーが率いていた頃の社民党ではなかった。
ちなみに、これまでのメルケル下でのドイツの成功は、自らの政治生命を犠牲にしてまで改革を断行したシュレイダーのおかげと思っているが、それこそが党勢の衰退の因であったと思いこんでいる社民党は、左派的な人の発言力のほうが強くなっているのだ。そして、それを押さえる力のないシュルツは、総選挙の前に早くも、メルケルとは絶対に連立しないと言ってしまった。こういうわけで、ドイツの政治不安は、ドイツお前もか、という感じでいまだに解決していない。
それでも2月半ばになって、ようやく陽が射してきたように見えた。メルケルとシュルツの間で政策協定が成立したからだが、それで大連立が成立したわけではない。最終的な決定は、社民党の党員全員による投票で決まるということにしたからである。これはもう、代議制民主主義の放棄ではないか。有権者は各自がそれぞれの仕事を持っているので、国の統治は選挙で選ばれた政治家たちに委ねていたはずなのだ。それが、皆さんで決めてください、である。政治家の責任放棄ではないかと思うが、ドイツからはそのような声は聴えてこない。政治家も経済人もマスコミも一般市民も、大連立という形の政権樹立しか頭にないようである。どうしたら、今のヨーロッパをおおっている政治不信という名の雲が晴れるのであろうか。
サブタイトルを「民主政の成熟と崩壊」とした『ギリシア人の物語』第2巻の刊行時に、政治学者で京都大学教授の待鳥聡史氏が書評を寄せてくれた。あの時代のアテネで民主政が機能できたのはペリクレスによる誘導が巧みであったからだが、教授はそれを次のように解釈している。
――言葉による誘導が成り立つには、誘導される市民の側にも、それを受け入れる柔軟性や理解力が必要となる。ペリクレスがツキディデスのいう「形は民主政体だが、実際はただ一人が支配した時代」を長く担えたのは、現状に自信があった時代のアテネ市民が、彼の言葉に安んじて多くを委ねたためであった。この点を評者なりに敷衍すれば、この時期のアテネでは、指導者と市民の間で課題や民主政のあり方についての価値観が共有されていたのである。こうしたとき、民主政は大きな力を発揮できる――
しかし、このように幸わせな時代は民主政を発明したそのアテネでさえも、テミストクレスの時代を入れても50年しか持たなかったのである。それ以後のアテネは、迷走に次ぐ迷走の時代に突入していく。待鳥教授はこの時期を、次のように読み解いている。
――アテネの弱体化は、まさに坂道を転がり落ちるような没落であった。この責を政治指導者の無能さに求めることはたやすい。だが著者は、彼らを支持したのがやはりアテネ市民であったことも忘れてはいない。ペリクレス没後のアテネは、社会経済的および軍事的な衰退につれて、中長期的展望を語って誘導する指導者に市民が多くを委ねられなくなっていた。民主政には次第に短慮が目立つようになる――
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source : 文藝春秋 2018年04月号