アン・バクスターの名は、『イヴの総て』(1950)から切り離せない。もちろんあれは、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督とベティ・デイヴィスとアン・バクスターの映画だ。ただ、名匠と大女優との間に割って入った曲者バクスターの奸智と気配が、ことのほか印象的だった。そのせいか、この映画の題を聞くと、彼女の名前を落とすわけにはいかないと思ってしまう。2023年は、この女優の生誕100年に当たる。
バクスターは、『イヴの総て』でアカデミー主演女優賞候補になった。ベティ・デイヴィスも、同じ賞の候補だった。
一本の映画からふたりの主演女優賞候補が出るケースはそう多くない。『去年の夏 突然に』(1959)のキャサリン・ヘプバーンとエリザベス・テイラー。『愛と喝采の日々』(1977)のアン・バンクロフトとシャーリー・マクレーン。『愛と追憶の日々』(1983)のシャーリー・マクレーンとデブラ・ウィンガー。『テルマ&ルイーズ』(1991)のジーナ・デイヴィスとスーザン・サランドン……。
このケースで受賞したのは、『愛と追憶の日々』のマクレーンひとりだ。大概は票が割れて共倒れになる。デイヴィスとバクスターの場合も例外ではない。賞をさらったのは『ボーン・イエスタデイ』のジュディ・ホリデイだった。
ま、そのことは大した問題ではない。あらためて注目したいのは、「最高の名優」ベティ・デイヴィスと渉り合って食い下がり、画面にスリリングな緊迫感をもたらしたバクスターの力業だ。
彼女の扮するイヴ・ハリントンは、一介の演劇ファン(というより熱心な追っかけ)として、デイヴィスが演じる大女優マーゴ・チャニングの前に現れる。
以後の展開はご承知だろう。イヴは、マーゴの付き人から秘書になり、秘書から代役の座につき、代役からライヴァルへとのし上がっていく。
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source : 文藝春秋 2023年4月号