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【イベントレポート】超実践 脱・属人化 ~ プロセスの標準化、仕組み化、デジタル化の必然とナレッジマネジメント ~

■企画趣旨

「突然の退職で、引き継ぎができておらず、業務が停滞してしまう」
「担当者の不在により不具合の発見が遅れてしまい困っている」
「業務の効率化や生産性向上に向けた動きがとりにくく、育成も進まない」
「業務の属人化」により、こうした悩みや課題を感じている企業が増えています。業務が属人化する要因は、特定のスキルを持った従業員に業務が集中しノウハウが共有されないこと、長期間にわたる経験の蓄積により業務の見える化ができていないこと、組織内でのコミュニケーション不足、習慣を変えることへの抵抗感など多岐にわたります。

加えて、昨今の人手不足により業務の負荷が増し、日々の仕事に追われる中、仕事の進め方や留意事項、スキルを組織内で共有するという意識が芽生えず、業務全体が停滞や混乱のリスクにさらされています。こうした組織は、新陳代謝が進まず、突発的な変化や新しい課題に対する柔軟性も低く、品質の低下やマネジメント不全を招く可能性もあります。

これらのリスクを最小限にするためには、業務の見える化、標準化、マニュアル化に取り組み、トレーニング、コミュニケーションの改善、デジタル技術の活用などを通じて、業務の属人化を防ぐ仕組みづくりが必要なのではないでしょうか。

本カンファレンスでは「超実践 “脱・属人化” ~ プロセスの標準化、仕組み化、デジタル化の必然とナレッジマネジメント ~」をテーマに、属人化の要因特定、課題解決に向けた方向性などについて、実践事例を検証し、持続可能な企業経営のあり方について考察した。

■基調講演

脱・属人化から生まれる持続的イノベーション

国際基督教大学 理事長
竹内 弘高氏

国際基督教大学卒業。カリフォルニア大学バークレー校経営大学院でMBA、Ph.D.を取得。ハーバード大学経営大学院(HBS)助教授、一橋大学商学部助教授を経て、1987年に同教授に就任。一橋大学大学院国際企業戦略研究科の立ち上げに尽力し、2000年から10年間研究科長を務めた。10年にHBS教授、22年に同シニアフェロー。現在は国際基督教大学の理事長を務める(19年~)。一橋大学名誉教授。

かつて,1980年代に“Japan as Number1”という著書があった。Japan Bashingの時代からその後30年を経Japan Passing/Nothingの時代と言われている。世界が羨む国・企業に再びなるには、どうしたらよいのだろうか。

教育面では「生徒に明らかな解決法が存在しない課題を提示する」「生徒に批判的に考える必要がある課題を与える」という指導実践を行っている、と回答した大学教員の割合はOECDで最低水準、という調査結果がある。Critical Thinkingを行う、異見を取り入れる教育が日本では為されてきていない。

過剰分析/過剰計画/過剰コンプライアンス(遵守)が日本には蔓延している。PdCaのPとCばかりが重視され、日本の強みであったdoとactionがおざなり、小文字になってしまっている。現代はVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代であり、ドラッカーが言った通り「未来は予測できない」。

VUCA時代に必要なのは俊敏性(Agility)・速度(Speed)・創造力(Creativity)である。企業活動ではNetflixは俊敏性の、Message RNAを実践したModernaはスピードの発露の好例だ。創造性の発揮には失敗を祝福(Celebrate failure)し、柔軟な発想を持ち機転を利かせることが大切。クリエティビティには失敗がつきもの。最後は執念と発想の転換だ。そう、中期経営計画は“画期的な製品”を生まない。

脱・属人化の実践にあたり、(1)世界が日本を羨む時代の再現は重要だ。かつての日本企業が持っていた、Agility(例・ホンダ)・Speed(新幹線)・Creativity(ソニーの技術者が着ける“ゴメンナサイバッジ”)を思い出してほしい。50~60年代の日本企業は“しつこく、我武者羅に、なりふり構わず”事業に取り組み、俊敏性・速度・創造力を発揮していたのである。

(2)Inferior(遅れ)を真摯に認めることも大切だ。Modernaのデジタル化の決断と実践がハーバード・ビジネススクールのケーススタディで詳細に取り上げられている。最高デジタル責任者と最高オペレーショナル・エクセレンス責任者を兼任する人物が、同社の各部門におけるプロセス・エンジニアリングを一手に任され、デジタルカンパニーを一気に構築した。

同社はクラウド⇒統合⇒IoT⇒自動化およびロボティクス⇒データ・アナリティクス⇒AIというピラミッドの最上位にデジタルを置いた。デジタル化のためには下位層の全てを行ってから=All or Nothingを徹底したのである。私はDXのXは、トランスフォーメーションではなく「我が社はデジタルがまったくダメ、バツ」と解するべきと考えている。また、AIのIは「Advantage Inferior」と考えたい。そのほうが競争優位への近道。Inferiorであることを真摯に認めて、最新のIT技術を活用して新機軸を生み出し競争相手を凌駕するのである。

(3)Message RNAのRNAとは、Rule-breaking(規則破り)/Non-conformist(異端・異見)/Antithesis(対照・反)、である。野性味を忘れず、時に弁証法を駆使し“正反合”の思考や侃々諤々の議論を行うその先に高次元の解が見つかる。ThesisとAntithesisは二項対立ではなく、(4)二項動態=Dynamic Dualityだ。暗黙知と形式知同様、アナログとデジタルも二項択一ではなく、どうやって両方をダイナミックに取り入れるか、である。

SECIスパイラルモデルの図表を参照。ベースにある暗黙知と形式知から発するPractical Wisdom(実践知)を、組織~組織間~社会全体へと昇華・止揚していくスパイラルを上手く回すことにより好ましい変化が起き、Phronesis(知的・賢明に思考、判断、実践できる能力)が高まるはずだ。

■特別講演(1)

『頭のいい人が話す前に考えていること』の実践事例
~ ちゃんと聞ける人、うまく話せる人とは ~

株式会社ティネクト 代表取締役
『頭のいい人が話す前に考えていること』著者
安達 裕哉氏

デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト(株)」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。23年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」をICJ2号ファンドの出資を受けて設立。

◎「頭のいい人」とは、どんな人か。

頭のよさは「だれ」が決めるのか? 自分ではなく他人が決める。その人のことを頭がいいと認識している人が多ければ多いほど、その人は実際に“頭のいい人”だ。

「この人は刺さることを言うなあ……」「ちゃんと考えてくれてるなあ……」といった言葉を受け取り、要領の良さ/本質をとらえる力/教養/分析力/知識の量/頭の回転の速さ/論理的思考、を持つ人が従来の頭のいい人の“イメージ”。しかし、私の著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社刊)ではこれらを「頭が良い」とは呼ばない。

目の前の人の役にたって初めて、“頭のいい人”になれる。社会に出ると頭のよさの基準が変わる。頭の良さにはIQや偏差値、論理的思考、記憶力など数字やテストで測れる「学校的知性」と、他者の思考を読み、信頼を得て他者を動かす能力である「社会的知性」の2種類がある。社会的知性こそ、仕事における“頭のよさ”だ。「社会的知性こそが真の知的馬力であり、IQのような論理的能力は知性の本質ではなく副産物」(W.V.ヒッペル)。

◎「ちゃんと考える」とは何か。

ちゃんと考えている人は、例えば青と白どっちがいい?と聞かれた際には「青と白それぞれどこがいいと思ったの?」と受け答えする。簡単に反応しない/知識は無駄に披露せず、相手のためにつかう/自分だけでなく相手といっしょに考える、ことを意識したい。相手が話し、考え、自分で決定したことしか結局、実行されないからだ。

よく考えずに「あいまいな言葉」の応酬を繰り返すのは止めたい。例えば前職では「コミュニケーション」は定義が広すぎて指示や仕組みの中に取り入れにくく、「会話」と言うように命じられていた。「ホウ・レン・ソウ」もそうだが、言葉の定義の認識は人それぞれ。社内で“辞書”を作ったほうがいい会社や組織は多い。また、「結論から言って」と言う・言われることも多いが、相手は経緯をまず説明すべきと思っている場合もある。相手は何を見ているのか?/なぜそんな事をいうのか?/なんで認識が違うのか?……ちゃんと考える人は、言葉を掘り下げる

「言葉」を掘り下げないと人は動け(か)ない。「属人化」って何?どうなったら「属人化していない」といえる?「知識」「共有」「徹底」とは?言葉に敏感になることで、思考の解像度が上がり、見えている世界も伝わり方も変わる

◎「頭が良くなる」にはどうしたらよいか?

深く考えるための5つの道具は以下のスライドを参照。

この中では特に「傾聴」が重要だ。傾聴=熱心に聴くこと、聴き方ではない。相手の話をあまさず理解することである。例えば、「業績が良かった」と社長が話した際に、「業績とは何を指すのだろう」と考える。相手が話しているときに、自分が話すことを考えるのではなく、まずは相手が言いたいことを正確に聞こう。アドバイスしたいときほど、相手の話を整理しながら正確に聞く。相手の話を“分かった気”になってはいけない。

傾聴する⇒相手の言葉を理解できる⇒ちゃんと考えられる⇒相手の役に立てる頭が良くなる(と言われ信頼される)この一連の流れを行える、共有されるようになると強い。それができるのがちゃんと聴けて上手く話せる人だ。

■特別講演(2)

外食産業におけるデジタル化の必然

株式会社ロイヤルホールディングス
代表取締役会長
菊地 唯夫氏

1965年神奈川県に生まれる。88年早稲田大学政治経済学部卒業後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行。93年フランスESSEC経済商科大学院大学(ビジネススクール)卒業。頭取秘書役などを経て、2000年にはドイツ証券に転じ、投資銀行本部ディレクターを務めた。04年執行役員総合企画部長兼法務室長としてロイヤル株式会社(現 ロイヤルホールディングス株式会社)入社。10年代表取締役社長、16年に代表取締役会長兼 CEO、19年より現職。

当社の創業者は「飲食業を水商売ではなく産業にする」という意志のもと、セントラルキッチン建設、大卒社員の採用、株式上場などを進め成長軌道に乗せた。経済成長や人口増が急速に進む中、外食に対するニーズも急激に高まり、増加するニーズに対応するためには、画一性、スピード、効率性を兼ね備えた、チェーン理論に基づく多店舗化による産業化モデルが最も親和性が高かったのだ。

しかし、人口減少局面では、従来の産業化モデルのみに依存することはできない。製造業とは異なり「サービスの提供と消費の同時性」がある外食産業は、効率性の向上には限界があり、かつ、効率性の向上を徹底しすぎると付加価値の低下に陥るケースが生じる。また、事業別の成長性について、縦軸を人材供給力、横軸を市場成長力でマトリックスにすると、人材供給力と市場成長力のいずれもが落ちる象限では「質の成長」を考える必要がある。ロイヤルホストは、規模ではなく質の成長を志向し、必要に応じて規模の縮小を行ってきた。

生産性とは売上総利益(粗利)÷従業員数、である。分子部分にあたる粗利を付加価値向上新規市場開拓で増やし、サービスの提供と消費の同時性に留意し効率性向上を図る。最も難しいのは付加価値の向上・訴求だ。適正な対価をいただくには、価格の上昇分以上の付加価値の向上(商品の価値、サービスの価値)が不可欠。外食産業の健全な発展には、例えば国産農産物を商品・料理に使い、ホスピタリティ溢れるサービスを提供するなどしてそれらの価値を顧客に評価してもらう必要がある。

しかし、国産農産物や高いホスピタリティは規模と相反するリスクを内在する。そのためにロイヤルホストでは、営業時間短縮や店鋪休業日増などで「規模の戦略的圧縮」を行ってきた。そして、人口減による人手不足や事業環境の厳しさが見えている中、テクノロジーで補完し縮小均衡を避け、企業の生み出す価値の総和を維持・拡大し、持続性を追求することを意識している。

生産性向上と働き方改革の両立に向けて、次世代型店舗を2017年に出店し研究開発を行った。人が、より付加価値を創出するプロセスに集中するべく、接客調理以外の作業・労働について機械化・ロボット化の実験をした。

労働には肉体労働と頭脳労働がある。そして米国の社会学者アーリー・ホックシールドは、顧客などの満足を得るために自分の感情をコントロールし、常に模範的で適切な言葉・表情・態度で応対することを求められる第三の労働を「感情労働」と定義した。テクノロジーの進化により肉体労働はロボットに、頭脳労働はAIやチャットGPTに置き換わっていく流れにある。しかし感情労働は今後もヒトが担うだろう。

ただし、感情労働は顧客満足を得るために自分の感情のコントロールを強いられるため、働く人にかかるストレスが大変大きいという課題がある。当社の様な業態でこの課題を解決するには、清掃/単純作業/発注業務/棚卸し/問い合わせ/トレーニングといった業務をロボットやAIに代替させ、本源的な価値創造=接客や調理に集中してもらうことだ。“ヒトによる労働withテクノロジー”である。

顧客満足度は2層構造であり、基礎的満足度はテクノロジーに任せ、スマイル/臨機応変な対応/心のこもったサービスといった付加的満足度に係わることをヒトが行うのである。

テクノロジーに支えられつつヒトが携わることで、お客様の共感を呼び満足度の向上に寄与する工程を働き手が余裕を持って担えるサービス産業の実現や、顧客満足度と従業員満足の両立を目指したい。ポストコロナの外食産業は「稼ぐ力の回復」がひとつのテーマ。稼ぐ力とは、顧客のさまざまなニーズに合わせた商品・サービスを効率的な手法で提供することにより、対価を得るプロセスをマネジメントする力だ。

コロナ禍を経て顧客ニーズは大きく変化した。また、外食・中食・内食の各プレイヤーが約70兆円規模の市場で分野の業際を越えた激しい競争を繰り広げている。顧客が時間と場所から解放され、好きな時間に好きな場所で好きなスタイルで食の選択を行う時代が到来している。繁忙の波という宿命がある事業者側は、人手不足の長期化と深刻化により要員の固定化を推進した結果、変動費が固定費に変わり損益分岐点が上昇してしまっている。

時間と場所から解放された顧客と、構造的な人手不足によるコントロール機能低下という環境・状況下で、稼ぐ力を回復するのに必要なのはデジタル化だ。AIロボットデジタル技術を活用した“第四次産業革命=デジタル革命”は、サービス産業がメリットを直接享受できる産業革命である。

従来の第一次~三次産業革命のヒトとの関係性は“代替性”であったが、デジタル革命は“補完性・拡張性”だ。まさに超実践“脱・属人化”。ロボットができることはロボットにやってもらおう。テクノロジーの進化によりハンディのある方を含めた多様な人材の活躍、多様な働き方を受容できる環境が整いつつある。

経営的視点で言えば、従業員や取引先の供給制約が強まることに伴い、お客様/従業員/株主/取引先というあらゆるステークホルダーに選ばれる存在になることが、外食企業の持続的成長には不可欠となる。増収増益の継続=持続的成長をするために生産性をしっかり上げて全てのステークホルダーに正当な還元を行う“マルチステークホルダー経営”を行わなければならない。

2024年4月16日(火) 会場参加及びオンラインでのハイブリッド開催

source : 文藝春秋 メディア事業局