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【イベントレポート】変革の絶好機「人事戦略」総整理 製造業界編 課題ファースト×データ活用で取り組む「人」中心経営

■企画趣旨

日本の総人口は,2050年には現在の約8割になるとの予測がされています。15歳から64歳までの人口、いわゆる生産年齢人口は,2040年には現在の約8割になると言われ、人手不足への対策を喫緊の経営課題として取り組む企業が増えています。加えて昨今、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方(人的資本経営)への注目が高まっており、人事部門は従来の管理的業務から経営に貢献する戦略部門として果たすべき役割が変化しています。

「人」を中心に持続的な成長を実現していくための実践事例をいくつか挙げると、

(1)人事データを活用した人的リソースの最適配分やデジタル技術を活用した労務管理の自動化などによる業務の効率化、生産性向上

(2)従業員のスキルや能力をデータで把握し、それぞれの段階に応じた適切な育成プランの提案による人材の育成と定着。モチベーション向上、脱属人化を推進

(3)個別最適ではなく組織全体としてビジョンの共有、意識改革、行動変容を促し、パフォーマンスの向上に寄与する

など、デジタル技術の活用をベースに人事戦略を推進していくことが求められています。

一方で、戦略の目的やあるべき姿を描かないまま、デジタル化することを目的としてしまった結果、現場や経営層の理解が得られず付加価値を創り出せないケースも多く、自社が置かれている現状をしっかりと分析し、どのようなアプローチが最適かについて知恵を出し合うことが大切になっています。

そこで本カンファレンスでは、「人事戦略 総整理」をテーマに、製造業界の取り組みに焦点を当て、人事戦略の立案、実行、検証を考察し、自社における「人財育成、人財管理のあるべき姿」を構想した。

■基調講演

日本固有のメンバーシップ型雇用は、企業への帰属意識が高くチームワークに優れた同質的な人間の集合体を生んだ。しかし、(1)マクロ経済を巡る環境変化(低成長、不確実性増大、「想定外」の日常化など) (2)労働力を巡る環境変化(少子高齢化・人口減少、女性社会進出、人手不足など)(3)資本を巡る環境変化(人的資産・無形資産の重要性の高まり、資本家と労働者の対立概念の陳腐化など)(4)テクノロジーを巡る環境変化(インターネット・デジタル化・AIなどの新たなテクノロジーの進展)により、新しい戦略が求められるようになった。

メンバーシップ型雇用は過去30年の大きな環境変化には不適合であり、特に今後は、キャリアの自律性が担保された(職務権限)ジョブ型人材が求められる。具体的には、
・抜本的なイノベーションを志向し、どこまでも成長していく「尖った」人材
・試行錯誤を繰返し、過去や前例にとらわれず新たな価値を生み出そうとする人材
・2つの「自律」(自立・自律)=自ら立ち、自らを律する人材(テレワークとも補完)
・企業との良い意味での緊張関係を保てる人材
・自らのキャリアを企業に委ねるのではなく、キャリアの「ジリツ」が必要と考える人材

加えて環境変化への対応には、人的資本への投資、従業員のウェルビーイング向上、新たなテクノロジー活用も重要な課題となる。

ジョブ型雇用には、職務限定・勤務地限定・労働時間限定の3要素がある。限定範囲は雇用契約で明示すべき(職務記述書を作るだけでは意味なし)だ。日本と欧米の本質的な差異は、公募による採用・異動。職務の限定の幅に着目するだけでは不十分であり、欧米のジョブ型は上記の3要素がすべて限定で、社内・社外とも公募制だ。ちなみに本来の(古典的)ジョブ型雇用は“キラキラ”しておらず、古臭いものである。

◎人的資本経営のフレームワーク

人的資本経営とは「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」(経済産業省による定義)。人的資本は能力・スキル(積み重なって蓄積)に着目し、ストックと捉えたい。企業が従業員をフローやマンアワーとして捉えるのではなく、その能力・スキルを考慮して経営していればそれは人的資本経営のはずで、目新しいものではない。

人的資本経営は、個としての従業員を重視するから、従来の日本企業の人を大切にする経営方針や人本主義とは異なる。人的資本経営というと情報開示や人への投資ばかりが注目されるが、これまでの働き方改革の取り組みやジョブ型人材への転換なども含めた、より包括的な枠組みで人的資本経営を捉えるべきだ。

人的資本経営のインフラの上に、人的資本の水準拡大人的資本の稼働向上=従業員ウェルビーイング向上の二枚看板が載って、人的資本経営の「両輪」となっている。

人的資本経営において人事部は多様な問題を抱えがちだが、以下を解決策として認識したい。
・情報開示はあくまで人的資本経営の取り組みの結果として、おのずとその対応は明確化されていくはず。
・それぞれの企業が人的資本経営のフレームワークを持ち、人的資本の水準拡大と稼働向上が両輪であることを認識し、稼働向上に当てはまる取り組みとしてさらに何を積み重ねていけば良いか、ステップを確認。
・人的資本の水準拡大、特にリスキリング(後述)はこれまでの企業訓練から発想を変える必要があるため、ハードルが高いことを事前に認識。

◎リスキリングをどう行うか/人的資本を支えるインフラとしてのキャリアの自律性

両輪の一つ、人的資本の水準拡大のためにリスキリングを企業が主導的に行う場合、様々な訓練・研修のメニューを用意し(カフェテリア型訓練・研修制度)、従業員各自に必要なリスキリングを自ら選択できるような仕組みを用意すべきだ。転職すれば投資が回収できないと懸念するより、魅力的な研修制度が優秀な人材を引き付ける吸引力になるという発想の転換も必要だ。キャリアの自律性関連、職務のスキル直結型のカフェテリア型訓練・研修メニューの導入を行いたい。

能力・スキル開発、特にリスキリングへの対応を真摯に考えると、キャリアの自律性が担保された職務限定型のジョブ型でなければ難しい。メンバーシップ型から、キャリアの自律性が担保されるような職務限定型のジョブ型への移行・普及を、人的資本経営の根幹に置くべきだ。プロフェッショナル・ジョブ型に取り組んでいる企業ほど企業業績は良好、という調査結果もある。

ジョブ型雇用の普及・推進のためには、キャリアの自律性が担保される職務限定型・プロ型が有力な選択肢だ。そして現状、「途中からジョブ型」がシニア雇用拡大、女性活躍、優秀な若手採用のカギである。ジョブ型への生理的拒否反応がある場合は、「ジョブ型」という言葉を使わず、「キャリアの自律性」をキーワードにしても良いかもしれない。

ジョブ型雇用(職務限定・プロ型)を推進するには、公募のポストを部分的に導入し、社内公募・社内FA制度を充実させ、制度の導入とともに「手上げの文化」を浸透させたい。その前段階としての社内副業(または横断的なプロジェクトへの参加)といった社内での“二足の草鞋”の推進から始めるのもいいだろう。

従業員と企業の成長の好循環/従業員の成長を可能にする挑戦/挑戦意欲を生む個人の自律性(自ら動く)。企業文化・組織風土の変革においては、視聴、挑戦、自律の3つがキーワードだ。

◎インフラとしての新たなテクノロジー活用/ウェルビーイング経営とパーパス経営の推進

ペーパーレス化・デジタルへの対応も人的資本経営には必須である。RPAやAIの導入で業務効率化を行っている企業は増えている。在宅勤務、ウェルビーイング(健康経営)、教育・人材育成・人材評価配置への対応も進む。なお、人事では、スキルのデータ一元管理分析がテクノロジー活用のトップだ。
※RPA=Robotic Process Automation パソコン上の定型的な作業をソフトウェアロボットで自動化すること

両輪のもう一つである人的資本の稼働向上のためには、従業員のウェルビーイング(肉体的・精神的・社会的に良好な状態)の向上は必須だ。従業員のワークエンゲージメント(熱意・没頭・活力)が高い企業は利益率も高い傾向にある。売上高利益率とウェルビーイングは、他の要因を考慮しての統計的に有意な関係にある。そうした結果を表す複数の調査結果がある。

特に在宅勤務利用度は、仕事のやりがいや企業定着指向、肉体的健康、精神的健康と正の相関関係がある。また、多様で柔軟な働き方、ワークライフバランス、働きがい・モチベーション向上、人材確保・定着、DX関連を中心とした新たなテクノロジーの導入件数、勤務先の経営ビジョン・経営戦略への共感、自己変革的な職場雰囲気も、いずれのウェルビーイング指標とも正の相関がある。

パーパス経営で従業員に一体感を持ってもらうことも重要だ。自らが提供する価値を誰かに必要とされ、社会的に評価される喜びは、お金や地位による人間のモチベーションを超える可能性がある。企業がどのような社会貢献を目指しているかを従業員に伝え、理解・共感を得てもらうパーパス経営は、結果的に従業員のウェルビーイングにも好影響が期待できる。多様性を増す組織を束ねることだけでなく、優秀かつイノベーティブな人材を企業に引き寄せる効果がある。

経営者にとっては、メンバーシップ型での“あうんの呼吸”や“以心伝心”ではなく、「言葉の力」がますます重要になる。従業員は、企業のパーパスと整合的な個人のパーパスを設定し、実践する。

最後に、製造業における留意点を以下に挙げる。
・伝統的な製造業企業ほどメンバーシップ型の呪縛は大きく(生産労働者の存在)、改革により苦労する場合は多い。
・一方、市場の大転換、グローバル化で大胆な経営改革、それに対応した人事戦略の転換を行っている企業が多いことも事実。
・また、製造業は相対的に理系出身者が多いことが、新たなテクノロジー活用やピープル・アナリティクスに対応しやすいという側面もある。

■課題解決講演

◎人材育成の重要性/人員配置による効果的な人材育成

経済(GDP)成長と少子高齢化による人手不足が顕著な米国では、昨今「ジョブ型」の限界が到来している。企業側が設けたジョブを埋められない、また、ジョブの新設が追い付かない状態が見られる。そんな中「スキルベース(Skills-Based)」という言葉に注目が集まっている。ジョブ型からスキルベース=基点を人材とした人材管理へのシフトが起きているのだ。

固定のジョブを基点にするのではなく、各従業員がどのようなスキルを持っているのかを出発点に考える。限られた労働力を最大限に活用するために、より流動的なスキルベースの考え方に移行している。

翻って日本は、人手は存在するがスキル不足による「人材不足」の状態だ。GDPは減少しているものの労働人口は増加しているが、実際には企業は必要なスキルを持つ人材の確保に苦労している。日本人は世界の中でも社外学習・自己啓発をしない人の割合が高いという調査結果もある。そのような状況の下、日本企業は人材の強化を目的に多くの企業がジョブ型を導入し始めている。

しかし冒頭に紹介した米国の例のように、ジョブ型も万能ではない。実は、日本企業が従来培ってきたメンバーシップ型雇用は先述のスキルベースの考え方と類似している。人材の職務遂行能力(=職能。スキルに近い)を重視し、職能に応じた処遇を行い、長期的な成長を見据えた人材配置を行ってきた。例えば、デジタル人材の確保・育成に向けた取り組みとして「社内外研修の充実」を行ってきた企業の比率は米国やドイツなどより高い。

つまり日本における人材マネジメントは、ジョブ・スキルを定義し人材要件を明確化するジョブ型と、ポテンシャルを重視し中長期的な人材育成を行うメンバーシップ型の「ハイブリッド型」が最適解なのだ。そして、スキル管理の高度化によって動的な人材ポートフォリオを実現できる。

以下、弊社の大手企業・法人向け統合人事システム「COMPANY」を用いての、スキルベースのマネジメントと従来のメンバーシップ型を組み合わせたハイブリッドな人材マネジメントの支援実例を、画面を表示しつつ紹介する。

※人材情報の活用(ポジション分析、ロールモデルとの比較での育成、パーソナル分析など)/営業適正・スキルを参考にした配置・教育検討/受検可能なスキルチェック/Jobポスティング・キャリア開発支援/ラーニング・プラットフォーム(学習コンテンツ検索・推奨機能)/異動自己申告、などの機能を画面とともに紹介。

人材マネジメントにおける企業の大きな課題は「人材データを活用できる環境の整備」「人材データ分析を意志決定に迅速に使用」である。
・人事データが複数のシステムやExcelにまたがって格納されていてデータ集約が困難
・タレントマネジメントに必要なデータが定義・収集されておらずデータが存在しない
・タレントマネジメントと通常の人事業務が連携していないが故に分析に多大な手間
といった状況をよく聞く。こうした情報管理における課題は、規模の大きな企業ほど被る負のインパクトは大きい。

COMPANYを開発・販売・サポートしている弊社は、スピーディな人材情報の可視化の実現・解決を支援している。導入により日々の人事労務業務を通じて自然と活用できるデータが蓄積され、その情報はタレントマネジメントの仕組みとシームレスに連携が可能だ。

部分最適ではなく、全体最適によって今後の日本企業における人材マネジメントをサポートできる。今まで述べてきた課題のほか、スキル定義を進められない/給与業務を効率化・アウトソースしたい/タレントマネジメントのための運用設計をしたい、といった課題をお持ちの企業も、ぜひ一度弊社にご相談いただきたい。

■ゲスト講演(1)

サントリーのDNAは、「やってみなはれ」。現状に満足せず、絶えず挑戦し、成長する企業でありたい。——「やってみなはれ。やらなわからしまへんで。」。高品質の商品・サービスの提供のみならず、真に豊かな社会実現に寄与する企業でありたいという想いから、「利益三分主義」も掲げている。
世界で最も信頼され、愛されるオンリーワンの食品酒類総合企業となり、グローバルに評価される“SUNTORY”の構築を目指している。企業理念のうちパーパスは「人と自然と響き合い、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命の輝き』をめざす。」。バリューはGrowing for Good/やってみなはれ/利益三分主義、だ。

◎グループ全体の人事の視点/国内人事戦略

売上高=2兆9521億円/要員数=4万1511人、ともに海外比率は50%強(2023年)である。グローバルでの人材マネジメントにおいては、企業理念の浸透とキータレント・マネジメントを行っている。前者については、例えば「サントリー大学」(サントリーグループ約4万人の全社員が対象の企業内大学)による理念浸透プログラムの提供を行い、後者については国内外約400名のキータレントを明確化し、国・事業・機能を跨ぐローテーションを加速している。

基礎研究、商品開発・生産からマーケティング、営業、そして経営企画、原料調達、システムにいたるまで、人材の活躍フィールドはバリューチェーン全体に拡がっている。サントリーらしい人材マネジメントも意識して実行している。

創業以来、人材育成は中長期視点で行っており、従業員エンゲージメントは高く離職職率は低い。人材マネジメントにおける課題としては、(1)要員構成の変化 (2)年功・横並びにつながる弊害 (3)事業・機能の戦略実行に必要な人材不足、が挙げられる。課題の真因は一律マネジメント/実力本位の形骸化/キャリアオーナーシップの未浸透/人材交流不足、であると認識している。

それを踏まえて、人材マネジメントの基本思想を以下のように明文化し、アクションを起こしている。
・社員との関係を中長期的に捉え、「すべての社員の活躍」を目指す
・「おもろい人×おもろい仕事×おもろいキャリア」を実現する
キャリアオーナーシップを持った社員が、様々な仕事にチャレンジしつつ成長していく
・率直なフィードバック文化を醸成し、「人を育てる、自らも育つ」組織へ
公平な機会・公正な評価・メリハリのある処遇のサイクルをまわしていく

人生100年時代。社員には、現業で経験を積み重ね将来に向け現業にとどまらず経験を広げる/アップデートを重ねながら、常に学び自信を磨き続ける、そんな姿を期待する。自身のキャリアを自らが考え続け、全員「基本はプレーヤー」=実務を担う者として生涯一(イチ)Challengerとして成長し続けてほしい。

育成会議」をフックとした一人ひとりの成長支援を現場⇔人事一体となり実行している。社員のコミットメント向上・現場との協働に向け、情報は可能な限りオープンにしている。また、「10年3仕事」を標榜し、若手のローテーションを活性化している。キャリア形成初期における、現業での幅広い経験を通じた飛躍的な成長を目指すためだ。現業以外でも成長を促す多様な場を提供している。

シニアについても、生涯イチChallengerとして、存分に力を発揮してもらうための制度改定を実施した。60歳前後を処遇面でもシームレスとし、社内外の様々な場も提供し、年齢によらない活躍を促進している。

様々な専門性・キャリア形成の考え方を持つ多様な人材の活躍を目的とし、複線型人事制度を導入した。スペシャリスト(研究開発・サステナビリティ等)/ものづくり人材(工場等)/デジタル人材の3つに大別している。

冒頭に掲げたスライドにもあるが、当社らしい人材マネジメントを行い、「ユニークネスを武器に成長し続け、日本発のリーディングカンパニーとして、グローバルに価値を提供する企業」を目指す。創業から続く人本主義/人材育成と成長機会/イキイキと働ける環境/経営戦略をリードする人材育成などについてウェブサイト(「人本主義サイト」)などで開示し、サントリーらしい価値観を、サントリーらしく世の中に伝えていきたい。

■ゲスト講演(2)

正直(事実)と基本(本質)「欲しいと想う心の創造と、実現する為の本質と諦めの見抜き」これを追掛け市販車やレーシングカー、そしてR35GT-Rの開発などをしてきた。最少の「人、モノ、カネ、時間が最高の結果を創りだす」、日本人が培った最高の創造性と合理性(効率)を産む知恵。例えば、惨敗のチームを引き継いだレース参戦でも運営の転換「速い車づくり⇒最高の効率造り/ドライバー中心⇒チームが主役/業界独特のやり方⇒Big Dataと目的思考/200~500人⇒50人+α」で、参戦した全てのレースでチャンピオンを連続獲得した。
勝ち続けるアスリートやトップブランドは、相手と比べる競争で無く「完璧な自分や商品を追い求めて」自身と戦い続ける。バリュー消費財ではない“ブランド品”は、比較競争等しないで、自分で決める目標に対し完璧さを目指して磨き続ける。私の目標設定と、それを実現させるエッセンスは「本質の見抜きと諦めの解消」です。2007年に発売したR35GT-Rはイヤーモデル制を採用して、毎年進化を続け(磨き続け)、未だに世界レベルのブランド力を維持しています。

例えばエンジンの馬力。高ければ良いというものではない。オーバーオールの速さの為に「最高馬力の誇示より、実用域で鋭く加速する中間トルクを優先」させ、最高速は「エンジンの出力特性と、空気抵抗の削減を効率良く連携させ」余裕を持たせた。R35GT-Rの小さな空気抵抗Cd:027と他車のCd:0.32では、300km/h付近の駆動力で80馬力近くの差がある。エンジン特性と空気抵抗を組み合わせた、日本人ならではの「本質を見抜いた無駄の無い合理性」の素の技術(技)。更に、運動性能の肝であるタイヤのグリップ力は「エンジンやミッションの慣性重量を使ってタイヤを地面に押し付け」最大摩擦力の状態を造った。

R35GT-Rの開発以前には、世界初の編集設計で開発ができる高性能FR(後輪駆動)車用の共用プラットフォーム「FM(Front Midship)パッケージ」の提案と開発をした。運動性能と居室&荷室空間はどんな車型でも共通の価値。コンパクトなエンジンを最適な重量配分=フロントミドシップで搭載した。旧来のHow toの繰り返しでなく基本と本質に戻ってハードウェアを考察した。これにより2年間という短期間で、高収益な5車型の新車開発が可能になり、日産リバイバルプランの早期達成に貢献した。

会社とは、投資家から資金を提供してもらい、社会貢献や顧客の喜び、生活向上等による営業活動で収益を造りだし、利益を配当や株価として投資家に還元する人の集団である。仕事とは、顧客や社会の為になる営業行為(収益事業)。自分がやりたいこと……それは趣味だ。会社においても、部下とこの様な話題を折に触れて語り合う事が大切。

新たな商品は一人では出来ない、だが自分の頑張しか見えてない人が多い。自分が頑張っても30%程度、それに協力者の支援30%や、市場の要求や要望30%、があって成し得る。だから「他人の喜び創り=恋愛」や「人に信頼されるネットワーク=自己への投資」そして「社会状況の正確な把握=第三者真実」、これを意識して日常を過ごすのが大切。相手の本音を探り本質を捉える、常に念頭に置いておきたい。

ブランド商品(“製品”とは違う)は、「憧れ、先進、残存イメージ」を持つことが必要。顧客が未来を想像して「恒久保有したい絶対的な価値」を描いて、感性(衝動)で決断の購入をする。ユーザーの想定を超える感性の商品=MustでなくWantを優先した商品。

R35GT-Rは、世界のトップブランドを凌ぐ今までにない構成(構造)、機能、性能、そしてイメージが残る特徴・差異感を持つ商品に仕上げた。進化と新しい価値に加え「スーパーカーじゃない外観と丸型テールランプの組み合わせなどは、残存イメージを強めた施策。

自動車という多様な選択で選ばれる商品は、多様性の提案と特異な機能⇒ブランド販売=独占的な価値を生む。必要条件=理性だけでなく、十分条件=感性も必要な商品です。
テスラと日産リーフの成功のギャップもそこにあった。恒久は“時間と価値(Want)”のプロデュース。Want領域の“進化と価値”にある商品魅力が独自性と差別感を創りだす。

私は、色々な情報や施策を「横軸に時間、縦軸に情報の価値」でマップ化する、下記スライドの、水野流マトリクスを仕事でも、生活の中でも「思考の構想、本質の見抜き、現象の解析、商品力の推定」などあらゆる場面で活用している。

左上の、失敗する確率が高く、失敗を成功に変えて新たなモノを創りだす領域(商品魅力30%)と、右下の既に実績がある当然と安心の、失敗が許されない領域(信頼性等70%)。この30と70のコンビネーションで新たな商品を創っています。
「時間分析から視る商品の魅力要件=進化/ 本質の見抜きと諦めの探り=新たの思考/ 未知の運営=目標と達成シーンの共有/ 失敗の成功化=現象の測定」のマトリクス(本稿掲載割愛)を思考に活用しています。

先述した、エンジンの出力と補完関係にある「空力性能」開発。R35GT-Rは飛び抜けた空力性能を創る為に、デザイナーは空力開発の風洞施設で、実験と共にデザインをしました。機能的な空気の流れが造ったデザイン・プロポーションです。有名ブランドのスーパーカーを追うデザインでは無く、富士山や法隆寺のような時間を超える価値の創造「合理性が導く、恒久の美」です。どんなに凄いアートなスーパーカーのデザインにも埋もれません。

繰り返すが、日本人は原点に返り素を組み合わせて、無駄なく合理的に使うことで強みを発揮できる。How to の記憶ではなくWhat,Whyの思考を積み上げ、小さな組織のチームワークと最少の資源「人、モノ、カネ、時間」で、最高のモノを創り出す方程式を持っている。。昔の宮大工の棟梁と匠と職人の関係も同様だろう。私は、全てのチャンピオンを獲得し続けたレースの参戦でも、世界初のFMプラットフォームの開発でも、そしてR35GT-Rの活動でも、大企業の枠から脱却して少人数のチーム制でエンジニアを育成しながらやってきた。

現在ないものを創る、“無⇒有”の創造にあたっては、人造りと目的&目標の共有化がまず必須。R35GT-Rの開発にあたって、2004~2005年の間は、技術者の育成とチーム造りに費やし、それに併せ目標と方策の共有と分担を決めた。今までにない商品は、今までにないやり方で実現の施策を立てなければならない。今のやり方で始めると、元に戻るケースもある。

例えばGT-Rの宣伝広告費はほぼゼロ。メディアやパパラッチ(盗撮者)がドイツ・ニュルブルクリンクなどでの開発実験を撮影して、その情報を世界に拡散すように仕掛けた、日産の宣伝より信憑性は高い。映像ゲーム「グランツーリスモ」とのタイアップや、777万円の値付けも話題喚起のため、発表前の試作車を米国LAのロデオドライブで走らせてターゲットカスタマーの反応も検証した。

開発初期は、重くて出力も少ない失敗できる試作車を作って人材育成の為の開発をした。
専用の車両総合計測システムを開発して、業界毎にやる実験や計測は原則廃止した。車両総合計測システムは、組織マネジメントや人材育成にも活用して開発費や期間を削減した。

開発エンジニアの能力向上と、開発の効率化の具体例を挙げると。「テスト走行と車両総合計測データ取得⇒データ分析や解析⇒設計の変更とテスト車の改修」この様なループを少人数で一日に何回も実行した。通常は1年程度必要な実験作業が3日程度に短縮でき試作車台数の削減や開発日程、コストを大幅に削減できた。そして、メディアやお客様の試乗会の運営も開発チームのエンジニアが直接行い、イヤーモデル改良や将来構想に活かした。

縷々述べてきたが、お伝えしたいことはまだまだある。エンジニアの育成法、学び方と自己研鑽(本質思考能力の育成)、創造力の育成、発想・思考法などについては、機会があれば次回さらに詳述したい。

2024年8月20日(火) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催

source : 文藝春秋 メディア事業局