スパコン「アテルイⅢ」始動!

本間 希樹 国立天文台水沢VLBI観測所長
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 阿弖流為(アテルイ、?〜802)は平安時代初期に活躍した蝦夷(えみし)の族長で、東北地方に支配を広げようとする朝廷軍に対し、蝦夷の独立を保つべく戦った古代の英雄である。

 その名にちなんだスーパーコンピューター「アテルイⅢ」が2024年12月、国立天文台水沢にて運用を開始した。同施設のある岩手県奥州市はまさに阿弖流為の根拠地であり、2013年に導入された初代のスパコン以来3世代にわたり「アテルイ」の呼称がつけられている。

「アテルイ」シリーズは天文学研究専用のスパコンとして、初代機から現在まで世界最高レベルの性能を誇っている。運用主体は国立天文台の天文シミュレーションプロジェクト(Center for Computational Astro­physics, CfCA)で、そのメンバーはスパコンを安定的に運用して多くの研究者に計算時間を提供するという共同利用研究所の業務を果たしつつ、自らもスパコンを駆使して宇宙の謎の解明に日夜挑んでいる。

 天文学の研究というと、多くの人は光学望遠鏡による天体観測を思い浮かべるであろう。そのような古典的な観測は現代でも精力的に行われているが、最先端の天文学では光に加えて電波やX線といった幅広い電磁波や、重力波、ニュートリノまでもが観測に使われる。それに伴い、観測される様々な現象を基礎物理の法則に基づいて理解しようとする「理論天文学」もますます不可欠となり、その中でも近年のコンピューター技術の劇的な進歩を活かして、理論計算に基づく「シミュレーション天文学」の重要性がこれまでに無いレベルで高まっている。

 ありとあらゆる天体は時間とともに進化していくが、その時間スケールは我々の一生と比べてはるかに長大である。そのため、観測される現象は天体にとってほんの一瞬の出来事にすぎず、その進化を100万年や1億年といった長時間に渡って観測で追うことはできない。しかしシミュレーションを用いれば、基礎物理の法則に基づいて長年に渡る天体の進化を詳しく描きだすことができる。例えば、恒星や惑星が誕生する様子や、燃え尽きた恒星が爆発する瞬間の内部の様子、あるいは宇宙初期に銀河が誕生する姿などを、シミュレーションによって手に取るように調べられるのである。そして、そのようなシミュレーションには膨大な計算が必要となり、スパコンの存在が必須となるのである。

 さらに、シミュレーションは未来の観測で見える現象を予測することもできる。そのため、巨額の予算を必要とする大型観測プロジェクトを計画したり、得られた結果を解釈したりする上でもその存在は必須である。例えるなら、シミュレーション天文学は観測とならぶ現代天文学の“両輪”で、それなしには現代天文学の進歩はありえない。実際、筆者らが国際協力で達成した巨大ブラックホールの影の初撮影においても、シミュレーションによる予想がプロジェクトの計画立案から観測結果の解釈に至るまで極めて有効であった。今後の研究でも、ブラックホールのより詳細な観測データが得られた際には、アテルイⅢをはじめ最先端の計算結果との比較からその理解を深めていくことになる。

ブラックホール撮影成功で会見する本間希樹教授 Ⓒ時事通信社

 蝦夷の独立維持のために戦った阿弖流為は、その後朝廷軍に降伏し、宿敵であった征夷大将軍・坂上田村麻呂の助命嘆願もむなしく処刑されて命を落とした。しかし、彼が保とうとした蝦夷の独立は、平安時代後期の安倍頼時・貞任父子とそれに続く奥州藤原氏によって形を変えつつ実現し、奥州藤原氏三代の時代には平泉の地に文字通りの黄金時代が華開いた。「アテルイⅢ」も国立天文台水沢で稼働するスパコンの三代目として、奥州の地で優れた結果を生み出し続け、天文学の黄金時代の構築に貢献することを願ってやまない。

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source : 文藝春秋 2025年4月号

genre : ニュース テクノロジー サイエンス