2月7日(日本時間8日)、米国の首都ワシントンを訪問中の石破茂首相がドナルド・トランプ米大統領と対面で初めてとなる会談を行った。
今回の首脳会談で日本側が最大の目標としたのが、石破茂首相とトランプ大統領との個人的信頼関係の構築であった。この目標は見事に達成された。ここで鍵を握ったのが、両人がカルヴァンの影響を強く受けたプロテスタントのキリスト教徒であるという要因だ。
〈米ホワイトハウスでトランプ大統領との初の首脳会談に臨んだ石破茂首相。(略)/「歴史に残る一枚。大統領が、自分はこうして神様から選ばれたと確信したに違いないと思った」。会談の冒頭、首相はトランプ氏が昨年七月に演説中に銃撃された直後、星条旗を背に拳を突き上げる写真が話題になったことをこう評してみせた。/首相はまた、トランプ氏と「蜜月関係」を構築した安倍晋三元首相に言及し、昨年一二月に面会した安倍氏の妻・昭恵氏を通じて受け取った書籍を紹介。「ピースと書かれてあり非常に感銘を受けた」と語った。/首相は、トランプ氏支持のシンボル的なフレーズである「MAGA」にも言及。MAGA運動は米国内でリベラル派を激しく攻撃する右派運動ともみなされているが、首相は「忘れられた人々に対する深い思いやりに基づくもの」と、好意的な見方を示した〉(「朝日新聞デジタル」2月8日)
会談の冒頭で石破茂首相が「大統領が、自分はこうして神様から選ばれたと確信したに違いないと思った」と述べたことが、トランプ大統領との信頼関係を構築する上で重要な役割を果たした。
キリスト教で、神の選びを強調するのは、長老派、改革派などカルヴァンの流れを引く人々の特徴だ。神に選ばれていることを察知できるのは神に選ばれた人だけだ。トランプ氏からすると「俺が神に選ばれた人間であることをわかっているこの石破茂という人間も神に選ばれている」という認識になる。神に選ばれている者は特別の使命を持つ。そして、その意味を神に選ばれた者同士は理解する。トランプ氏に関して、「以前は自らの宗教を長老派と述べていたが、今は単にキリスト教徒と述べている。もうカルヴァン派を止めているのではないか」という論者がいるが、完全な間違いだ。宗教右派を意識して、トランプ氏があえてエスタブリッシュされたエリートに多い長老派を名乗らずに、キリスト教徒と自己規定するのは理に適っている。とはいえ、トランプ氏がカルヴァン派的な価値観から離れたわけではない。
日米首脳会談が成功した理由
「あなたは神様から選ばれた」という発言をキリスト教を信じていない人が、社交辞令ですると、信仰を持った人の逆鱗に触れる。信仰をきちんと持っているキリスト教徒はこのあたりを敏感に察知する。石破氏が熱心なプロテスタントのキリスト教徒であることが、トランプ氏との信頼関係構築に大きな影響を与えた。ちなみにトランプ氏の再選以前から内閣情報調査室(内調)は、徹底的な調査を行い、トランプ氏は毎週教会に通うような敬虔なキリスト教徒ではないが、自分は神によって選ばれたというカルヴァン的な予定説が基本的価値観になっているという分析をした。対面での初会談で信頼関係を構築するには、趣味の一致や利益誘導よりも、政治家にとってもっとも重要な価値観に踏み込んだ方がいいというのが内調の分析だった。原和也内閣情報官でなければ、内調の専門家にここまで踏み込んだ調査や分析を行わせなかったと思う。
このトランプ氏や石破氏などの「選ばれた」感覚を理解するには、カルヴァンの『キリスト教綱要』を繙く必要がある。カルヴァンによると、選ばれた人は、神と「命の契約」を結ぶ。
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source : 文藝春秋 2025年4月号